初秋の関西へ-上-
両親の墓参りと学生時代の友人たちとの再会を兼ねて、この金曜から日曜にかけ、初秋の京都へ帰ってきました。先週初めまでの猛暑も、週のなかほどの雨をきっかけ涼しくなり、初秋といってもさほど違和感のない季節となってきました。暦のうえでは最早中秋の季節ですが、やはり秋のはじまりというのが実感です。(写真はシオンの花)
旅行初日、宇治に住む姉夫婦とともに、両親の墓参りにいきました。まず、姉の嫁ぎ先の菩提寺である京都・鷹が峰の源光庵を訪ねました。本堂玄関先の庭には、シオン(紫苑、写真)の花が咲いており、おそい秋の訪れを感じさせてくれます。義兄の両親の墓に花を手向けた後、本堂に安置された本尊の釈迦牟尼仏にお参りしました。そして、仏壇右側の「悟りの窓(円)」と「迷いの窓(角)」のまえで、しばし静座。参拝する人は少なく、至極ゆったりとした気分で、禅の空気を腹いっぱいに吸い込みました。
源光庵を辞した後、私の両親の墓のある金閣寺近くのカトリック墓地へ向かいました。今年4月の1周忌の墓参以来です。墓苑は、人里はなれた山麓にあり、先の禅寺にもまして、静かで涼しいところでした。心をこめて両親の霊に、花を手向けました。
両家の墓参のあと、向日市にある「竹の径」へ行きました。いま住んでいる地で昨年来、竹林整備活動にかかわっているのですが、放置竹林の拡大は、西日本中心に全国的な問題となっており、各地で竹林整備のボランティア活動が展開されています。そんな情報をネットで検索していたとき、向日市の「竹の径」を知りました。向日市が、地元の竹関連事業者の協議会とともに、孟宗竹の竹林を整備し、市民や観光客の散策路としてつくったもの。2000メートル近い竹林の中の散策路には、6種類の竹垣が張りめぐらされ、気持ちのいい小径ができています。竹垣から竹林の中をのぞいてみると、十分に間隔をあけた孟宗竹が、のびのびと成長しています。京都・洛西から向日市、長岡京市一体は、昔から、タケノコや「京銘竹」(建設材)の大産地。さすがに銘産地の竹林管理は、素晴らしい。
この「竹の小径」に隣接して、京都市の運営する「洛西竹林公園」がありました。公園は、伝統工芸品を展示し竹の活用や生理・生態を紹介したパネルを掲示した「竹の資料館」と、全国各地から集めた110種類もの竹類を植栽した「生態園」からなっています。鉄製の門扉から公園へ入るとすぐのところに、キンメイモウソウ(金明孟宗)というモウソウチクの園芸品種が、植栽されていました。名のとおり、黄色地に淡い緑色が混じった竹が、見事なまでに等間隔に植えられ、竹林の美しさを存分に見せてくれます。 このキンメイモウサウの隣には、キッコウチク(亀甲竹)が植わってました。竹は真っ直ぐ伸びる、という常識をくつがえした不思議で奇妙な形の竹です。資料館には、この竹を使った伝統工芸品である柱材や花入れが展示されていました。いかにも京都らしい工芸品です。こうした竹の園芸品種の植栽も、なかなかおもしろいなあ、と感心しました。
資料館の中に、伝統工芸品に混じって、「エジソンの電球(復元品)」がありました。19世紀末、アメリカ人エジソンは京都・八幡のマダケをフィラメントにして、世界で始めて電球を発明した、と説明にあります。竹材利用は単に、伝統工芸品ばかりではありません。エジソンのフィラメントを引き継ぐかのように、現在、パナソニックが竹繊維スピーカーを開発したり、同志社大学の「竹の高度利用研究センター」が、竹繊維の持つしなやかな強靭性を生かしたハイテク利用について研究し、成果をあげつつあります。
竹林の美しさを芸術的にまで高めたのが、竹を使った庭園だと思います。資料館に付設された茶室の前に、キンメイモウソウを植栽した庭がありました。徹底的に管理された竹林は、やわらかな木陰をつくり、枯山水の極めて重要な要素となっています。これぞ竹林整備の究極の姿です。群馬の竹林の一角に、こんな庭園ができればいいなあ、と幻想に浸るのでした
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