武田泰淳著『森と湖のまつり』再読
1ヶ月ほど前、NHKテレビ(BShi)で『よみがえる作家の声 武田泰淳』という番組を見ました。NHKが録音・保存してきた作家の自作朗読と、作品にまつわる映像や作家ゆかりの場所を紹介するシリーズのひとつです。作品は、武田泰淳の代表作のひとつ『森と湖のまつり』でした。私の好きな小説のひとつです。
「阿寒の湖は、陸地からの眺めは平凡で、青い水面のひろがりにすぎない。バスの発着場のあたりに・・・・・」と、この小説の冒頭の一節が、作家によって朗読されます。初めて聞いたその声は、うまく舌がまわらず、たどたどしく、「憂愁」の字を「ユウウツ」と読み違えるなど、朗読する人の老いと病弱を強く、感じさせるものでした。この朗読は1975年に録音されていますが、年譜をみると、泰淳63歳のときのものです。その翌年、亡くなっています。当時私は、武田泰淳の作品を読み始めたばかりで、その早世をあっけなく思いつつ哀惜したことを記憶しています。
この番組を見終った後、書棚から『森と湖のまつり』をとりだし、読み直しました。ほぼ30年ぶりのことです。今回は、グーグル地図の航空写真の画面をみながら、読み進めました。主人公たちは、阿寒湖-美幌-屈斜路湖-弟子屈-釧路-標津-塘路と目まぐるしく移動します。北海道に土地勘のない私にとって、グーグルの航空写真は、何よりのこころ強い案内人です。鳥の眼となって空から見下ろした主人公の移動先は、原野や湿原がひろがり、人気のない湖が点在し、町は閑散としている風にみえます。武田泰淳がこの小説の取材旅行の出かけたのは、1953年8月末から10月はじめまでの40数日間です。そして小説には、1954年9月の7日間が描かれます。50数年前のこの地の風景は、グーグルの航空写真よりも恐らく、もっと原野が多く、湿原が広がり、人家が少なかったのだろうな想像します。
この小説は、近いうちに、北海道を旅行する機会にそのテキストとして、池澤夏樹の『静かな大地』とともに再読しょうと思っていたものです。読み終わった今、ますます、森と湖のまつりの地にいってみたいと思いました。かつて観光文学と揶揄されましたが、最近では、「北海道にかかわる日本語最初の植民地小説」(渡邊一民『武田泰淳と竹内好』)として再評価され、アイヌ問題理解のためにも大切な小説だと思います。塘路湖畔で、親しい友人たちとともに、『森と湖のまつり』読書会ができれば、このうえなく幸せです。
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