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2010年11月28日 (日)

水野和夫・萱野稔人対談『超マクロ展望 世界経済の真実』

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 2008年9月のリーマン・ショック直後に、この金融危機は、「資本主義が始まって以来の危機」と喝破したのは、エコノミストの水野和夫氏でした。その水野氏は今年の9月、経済財政分析担当の内閣府官房審議官に就任し、政府の景気判断や経済政策の立案にあたることになりました。その水野氏と政治哲学者萱野稔人氏との対談集『超マクロ展望 世界経済の真実』(集英社新書2010/11/22刊)が出版されました。

 水野・萱野両氏は、08年の金融危機を、「資本主義の大転換、400年に一度の歴史の峠に立っている」という問題意識を共有しながら、資本主義そのものを問い直し、その現状と今後の行方を論じ、最後に、日本経済の向かうべき方向を模索しています。対談は、論争というよりも専門分野の異なる二つの立場から、現代の資本主義理解について、相互に強く共感し合うとともに、知的刺激を分かち合う場となっています。読者の私も、思わずふたりのエキサイティングな論議に引き込まれ、一気に読み通しました。以下、印象に残ったいくつかの点を、ノートしておきます。

 今回の金融危機の根源的な背景として、先進国の交易条件の悪化が指摘されます。先進国は廉価な原材料を仕入れて、効率的に生産し、完成品を高く売ることによって利潤を得てきました。ところが1970年代半ば以降、ベトナム戦争の敗北とオイル・ショックを契機に、世界資本主義の構造転換が始まりました。新興国の資源ナショナリズムを背景に、先進国の交易条件は年々悪化し、市場の拡大も、国内・国外ともに頭打ちになりました。その結果、資本利潤率が低下し、先進国経済は高度成長から低成長になりました。実物経済が停滞し始めたのです(日本は省エネ技術で克服)。そこで先進国は、利潤率を維持するために、実物経済から金融経済に舵を切りました。「なかでもアメリカは、金融の自由化や石油の金融商品化などをつうじて、ドル機軸通貨体制にもとづいた金融帝国化の道を歩んでいきます」。しかし2008年の金融危機によって、こうした金融経済化の方向もゆきづまります。実物経済もダメ、金融経済もダメ。つまり「経済そのものがなりたたなくなっ」たのです。
 二度の石油ショックを技術革新で克服した日本も、90年代後半からは、他の先進国同様に交易条件は悪化し、実物経済では稼げなくなります。94年には年間4.9兆円で原油・天然ガスを輸入していたのが、08年には27.7兆円必要となります。つまり22.8兆円余分に払わなければならなくなりました。この結果、08/95の増減で、大企業製造業の売上高が43兆円増えたの対して、変動費は50兆円増加しました。すると、売上高=変動費(原材料費)+固定費(人件費)+利益なので、売上高-変動費=固定費+利益=-7兆円となり、資源高は人件費と利益を食ってしまったことになります。景気(売上高)がよくなっても、所得+利潤はマイナスとなります。景気と所得が分離し連動しなくなったのです。この対談のキーワードのひとつは、この「交易条件の悪化」ということです。

 資本主義の500年は、イタリア都市国家-オランダ-イギリス-アメリカとヘゲモニ-(覇権)が移転してきた歴史ですが、その間の利潤率の変化をみると、[実物経済の利潤率上昇→低下→金融化→バブル経済化→ヘゲモニーの終焉]というサイクルを、どの覇権国家もとってきています。そして現在、アメリカ始発の金融危機は、たんなる景気循環のなかの不景気ではなく、世界資本主義の歴史に繰り返されてきた「ヘゲモニー移行期における金融経済の拡大とその崩壊をあらわしている」のです。では、アメリカのあとにヘゲモニーを握る国はあるのでしょうか。萱野氏は、「世界資本主義のヘゲモニーが移動するときは、より大きな軍事的支配力をもつ国家に移動してきた」という歴史を踏まえ、「前の覇権国よりも軍事的に強大な国でなければヘゲモニーは確立できない」と指摘します。アメリカを凌駕する軍事力は、中国にしろEUにしろ、現実には持ち得ない。そこで萱野氏は、ヘゲモニーと工場の分離、を予測します。つまり、「中国やインドが世界の工場になるけれども、資本をコントロールしたり、世界経済のルールを決めたり」するのは、アメリカとヨーロッパの連合体ではないか、というのです。これに対して水野氏は、アメリカ対ユーラシア大陸連合(EU+中国)もありうるとしています。いずれにせよ、「実物経済のもとで利潤がもたらされる場所と、その利潤が集約されコントロールされる場所が、資本主義の歴史上はじめて分離する」ということです。

 以上が、この対談の前半部のおもな論点です。後半部では、こうした資本主義が極限状態になり歴史的大転換を迎えるなかで、日本経済がどう乗り切っていけばいいのか、が論議されます。こちらも、ますますエキサイティングな議論が続きます。もう一度熟読しないと、要点を書くことが難しくなってきました。この辺でキーボードをおきます。どちらにせよ、一読お奨めです。 

 

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