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2011年3月31日 (木)

福島原発事故のこと

 一昨日の夜、福島県伊達市の友人は、電話の向こうから呻(うめ)くように、当市の様子を報告してくれました。
 「大きな地震の被害はなかったものの、ほとんどの工場や商店は閉鎖され、多くの人びとが、職を失う危機に遭遇している。農家は、原発事故の影響で、農畜産物の出荷もできず、春の作付けも出来ない。須賀川市の60代の野菜農家は、長年、有機農業をつづけてきた篤農家だったが、キャベツの出荷直前に政府からの「摂取制限」の指示があり、そのあと自ら命を絶った。」

 今日昼のNHKニュースでは、伊達市から20㎞ほど離れた飯舘村内の土壌から高濃度放射性物質が検出され、国際原子力機関(IAEA)が避難勧告を出すように日本政府に伝えた、と報じました。福島第一原発から40㎞の地点です。官房長官は記者会見で、その必要はないとの認識を示しました。友人に、群馬に避難してこないかと勧めたところ、伊達市は避難民の受入地となって、人がどんどん入ってきている、と云いました。仕事があり、老人ホームに預けた母親がおり、簡単に避難することはできない、と友人は再び、うめき声を出しました。

 大震災のあと、被災地の人びとは、家族や友人の死を悲しみ、不明者の行方を案じ、家や持ち物のすべてを失い、そして寒さと空腹にうちふるえながら、過酷な日々を送ってきました。しかし、そうしたなかで被災地の人びとは、何とか一歩を歩み出そうとしています。被災地以外の多くの人びとは、テレビや新聞やネットを媒介にして、心の底から、犠牲者を悼み、被災者の悲しみに同情し、何か支援できないか思慮し、そして既に、多くの人びとが人的・物的支援を実行しつつあります。こうして、被災者と支援者の双方が、復興に向けた気持ちを共有しながら、ともに癒されようとしているのだと思います。しかし、福島の原発事故は、こうした癒しの行為を、吹き飛ばしかねない様相です。福島原発から漏れた放射能は、空気と水と土壌を汚染し始め、被災地ばかりか日本と世界の多くの人びとの頭上に、不安と恐怖を撒き散らしています。

 チェルノブイリ原発事故(1986年)の翌年に発表された小説、G・パウゼヴァング著『みえない雲』(高田ゆみ子訳、小学館文庫06年刊)は、ドイツのある原発で爆発事故が起こり、住民がパニックに陥りながら、避難していく様子が描かれています。まるで、現在の大津波と原発事故が重なったFukushimaの悲劇が、予感されているようです。
 主人公の少女の男友だちは云います。「原発は貧困をもたらす。だって事故のおかげで増えたのは、宿無しと失業者と病人ばかり。金がかさむだけだ。農業はもうおしまいだし、交通もマヒしている。それに・・・」。
 テレビから内務大臣の話が聞こえてきます。「我々にすべての責任を取れとは、どうかおっしゃらないで下さい。チェルノブイリ事故後も原発の操業は続けられてきました。それについては最終的な責任は我々のところにあります。しかし、そのときなぜ、そのような結論を出すことになったのかをよく考えてみてください。長期にわたって民主的に議論が進められました。それには学者や政治家のみならず、政治家を選出した国民の皆さんも参加していました。全員の同意を得た上で判断したことだったのです。また、私たち政治家が核エネルギー問題に関して隠しだてをする必要がどこにあるでしょうか?うまい話だけをした覚えもありません。もしみなさんが政治家に全責任を負わせようとするなら、それはあまりにも安易です。今回の事故には国民も含めて我々全員に責任があります。ですから・・・」。
 小説の中のドイツの政治家は、原発事故後、このように語りました。では、日本の政治家や財界人は、何を語ったのでしょうか。

 日本経団連の米倉弘昌会長は16日、福島第一原発事故について、次のように述べました。「千年に一度の津波の耐えているのは素晴らしいこと。原子力行政はもつと胸を張るべきだ」。「原子力行政が曲がり角に来ているとは思っていない」。
 与謝野馨経済財政担当相は22日、原発推進の立場から、次のように述べました。「日本中どこの地域を探しても環太平洋火山帯の上に乗っている国だから(地震が多いという)その運命は避けようがない」。(時事通信)
 大震災を「天罰」と発言した石原慎太郎都知事は25日、被災地福島で、次のように語りました。「私は原発推進論者です。日本のような資源のない国で原発を欠かしてしまったら経済は立っていかないと思う」。石原氏が、核武装論者であることも、付記しておきます。
 原発事故が、極めて深刻な情況となりつつあるなか、原発推進論者たちは、確信的に発言しています。
 一方、自民党の谷垣総裁は17日、「推進していくことは難しい状況になっている。事故を速やかに総括し、新しい対応を考えなければいけない」と発言しました。これを受けて枝野官房長官は、「確定的な方向を言うタイミングではないが、発言は至極当然のことだ」とコメントしました。この両者の発言は、極めて重要な意味をもっていると思います。政府を代表しての発言であり、最大野党自民党総裁の発言だからです。谷垣氏のいう「新しい対応」が、脱原発であることを願います。
 これらの発言は、しっかりと記憶にとどめておきたい。また、東京都民の皆さんには是非、石原氏の発言を思い起こして、4月10日、知事選投票にあたって欲しい。水道水を心配し、野菜の安全性を懸念する人びとには、石原No!の意志表示を、是非、願いたい。 

  世界からの支援に、勇気つけられます。大震災アルバム SONGS FOR JAPAN のこと

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