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2011年4月30日 (土)

大震災被災地を訪ねて-下-

  前日、盛岡から福島に移動し、27日(水)朝から、伊達市梁川町の体育館を訪ねました。ここには、南相馬市や双葉町などの被災者が、避難していました。大地震と巨大津波の被害に加え、深刻な原発事故による放射能汚染が進行中の地域の人びとです。

 避難施設となった体育館のある伊達市も、地震被害を受けていました。木造住宅のほとんどで屋根瓦が壊れ、道路も波打っていました。この地に住む友人たちの自宅も、瓦が壊れ、壁にひびが入り、庭の石灯篭が倒壊しました。そして、福島第一原発からの距離は約60㎞で、放射線測定値は最高7.98マイクロシーベルト/時間(3月18日)を記録し、その後減少したものの、決して安心できる水準ではありません。丁度、桃の花が満開でしたが、大震災被害の悲しみと放射能汚染の不安から、花やいだ気配は微塵も感じられません。
 梁川体育館には、150人ほどの被災者が、避難していました。数日前に、20数人の人びとが、福島市の飯坂温泉へ移動したということです。南相馬市からきた人びとは、最初は原町の小学校へ避難したのですが、3月15日、梁川体育館へ再避難しました。その前日、3号機で水素爆発がおき、15日に20~30㎞圏内の住民に屋内退避が指示されています。当初は400人ほどでしたが、徐々に自宅に戻る人が増え、現在は半数以下になっています。
 梁川体育館では、グリーンピア田老での経験を踏まえていち早く、体育館内にスペースを見つけ、私たちの喫茶処(どころ)を設営しました。ここでは、段ボールの壁でつくった「小部屋」はなく、布団の周りに置いた荷物が、隣りとの境界になっていました。体育館は、グリーンピア田老の半分ほどの広さで、段ボールの壁もないことから、館内の様子はどこからも見渡せます。人のいない布団が多く、ほとんどの人びとが、外出しているようです。館内に残っていても、布団の上に横になっている人が多い。
 最初の来処者は、70歳くらいの二人の女性でした。丁度、体育館近くの風呂から帰ってきたところで、顔もほてってとても気持ちよさそう。私の淹れた新茶を、ゆっくりと時間をかけて、美味しそうに飲まれました。二煎目を進めたところ、にこっと微笑んで、いただきますと返事。この二人は、昼食後もやってきて、雑談しながらのんびり過ごされました。二人ともひとり暮らしで、津波の被害には遭わなかった。屋内退避指示の圏内にあって、原町の小学校を経て梁川町にきた、という。一方の女性が、もう少しすれば帰宅するのだ、と云えば他方は、再び帰ることは出来ないのではないか、と顔を曇らせました。
 ある中年女性は、茶を啜りながら、放置されたペットや家畜が凶暴化しているらしい、という風聞を伝えました。豚が豚を食い、猫が牛の乳房を食いちぎっている、と。
 喫茶処のすぐ近くの布団には、二十歳前の男性が、丸まった背中をこちらに向けて、座っていました。お茶をすすめたところ、内気で生気のない顔の表情のまま、片手を振って断りました。しばらくしてある女性が、この青年のところまで、茶と羊羹をもっていきました。青年は、少しはにかみ、作り笑いをして湯呑を口に運びました。一口飲んで怪訝な顔をし、残りを飲み干した直後、彼の表情が急に明るくなりました。「美味しい!」。田老でも経験した喜びの声でした。これを切っ掛けに彼は、私との長話に興じたり、後片付けを積極的に手伝ってくれました。
 午後からは、プロの画家がやってきて、20人前後の希望者の肖像を、スケッチしました。描かれた後、モデルたちは自分の肖像画を手に、嬉しそうに自分の布団に帰っていきました。
 ここでは、津波の被害に遭ったという人には、出会いませんでした。勿論、質問をしないことを心掛けていたので、あるいは津波被災者も、茶を飲みに来られたかもしれません。ただ、原発事故から避難してきた、という人が多かったのも事実です。何もかも流失(なく)してしまった、と嘆息するよりも、原発の成り行きに不安感を募らせている人たちが、目立ちました。

 体育館の入り口の机上には、チラシやリーフレットが、積み上げられていました。そのうちいくつかを、書き留めておきます。
1.諸手続き関係。
①「運転免許業務の再開について」(4月11日からの業務再開の告知)
②「国民年金保険料の免除についてのお知らせ」(財産の1/2以上の損害を受けた場合、全額免除。日本年金機構)
③「保険料の払込猶予期間の延伸」「災害に対する貯金の非常取扱」(通帳・印鑑等喪失の場合、郵便局)
2.避難住宅の提供
①「住宅の提供並びに就業支援について」(茨城県坂東市役所)
②「被災者受け入れのご案内」(天理教震災被災者受け入れ対策室)
3.福祉関係
①「被災地で、発達障害児・者に対応されるみなさんへ」(発達障害情報センター)
②「避難所でがんばっている認知症の人・家族等への支援ガイド」(全国老人福祉施設協議会)
4.だて市政だより 災害対策号
①第2号3/28発行「福島県産葉物などの摂取制限について」
②第6号4/22発行「放射線が健康に与える影響について」(福島県放射線健康リスク管理アドバイザー山下俊一先生による講演会要旨)
③同号4/22発行「市内各地域の放射線測定結果」
 ②の山下俊一先生講演要旨には、「この地域は安全なのか」の質問に対する山下氏の答えが引用されています。「・・・安全基準を年間20ミリシーベルト以下と定めていますが、20ミリシーベルトを超えたからすぐ危険であるとはなりません。仮に50ミリシーベルトになったとしてもがんになる確率はほぼゼロに等しいです。過剰な心配や無用な不安による影響の方がかえって精神衛生上良くありません。発がんの原因は、放射線以外にも、タバコ、酒、ウィルス、生活習慣などがあり、100ミリシーベルト以下の場合には、発がんに対する影響があることは証明されていません」。山下氏は、放射能汚染の危険性について、最も楽観的に評価しているひとりのようです。そして政府や県が、この楽観論に立って放射能対策をしているのかと想像すると、一層不安が増してきます。

 梁川体育館に避難してきている南相馬市や双葉町の人たちには、今のところ、仮設住宅の建設について、なにひとつ情報が伝わっていませんし、また帰宅についても、一時帰宅の計画はあっても、本格的な帰宅は全く、見通しが立っていません。宮古市田老の人びとが、復旧・復興への第一歩を歩み出そうとしているのとは、極めて対照的です。先行きの見えない不安が、福島県の被災者のうえに、重く圧し掛かっています。

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