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2011年7月18日 (月)

ドイツからの歓喜と希望のメッセージ

P1150085_1_2  早朝、ドイツ・フランクフルトからのライブ中継で、FIFA女子ワールドカップ決勝戦を観戦し、日本チームの勝利の瞬間、ここ何年も味わったことのない、うちふるえるような歓喜を覚えました。日本の多くの人びとが、この喜びを共有し、すべての選手たちに喝采を送ったことでしょう。まずは、選手の皆さんに心から、おめでとう、とお祝いの言葉を贈りたい。(写真は、NHK映像から)

 10日前、ドイツ・ベルリンからの外電は、7月8日、脱原発法がドイツ連邦参議院において承認され、停止中の8基の原子力発電所の廃炉と、残り9基の2022年までの段階的な廃炉が決定されたことを報じました。この報道は、福島原発事故に直面し、脱原発への道を模索しはじめた日本人にとって、脱原発の可能性を指し示す希望のメッセージでした。菅首相が突然、脱原発への決意を語ったとしても、それは何ら、法的・制度的に担保されるものでなく、さらに彼を継ぐと目される民主党の面々は全員、原発推進派あるいは現状維持派と見られ、当面、脱原発への政策転換は、期待できません。しかし、解決の目処が立たず深刻さを増す原発事故とそれによる放射能汚染は確実に、多くの日本人の意識を「脱原発」へと変化させつつあります。この意識変化は、日本社会が始めて経験する極めて重要な変化です。再び原発事故を起こさせないために、この「脱原発」意識を、脱原発の政治的選択へと発展させていくことが、不可欠です。ドイツの経験は、このことを強く教えてくれます。
 ベルリン在住のジャーナリスト梶村太一郎さんの報告(『脱原発へ不可逆の転換に歩みだしたドイツ』(岩波「世界」8月号)および同氏ブログ『明日うらしま』)によって、ドイツのメルケル政権がフクシマ原発事故のあと、昨年暮れ強行した原発稼動延長法から早期脱原発政策へと180度転換した経緯を見ておきます。
 今回、ドイツの議会が決定した法案の内容は、次ぎのとおりです。
 [原子力改正法案] 現存する全原発を、即時停止8基、2015年・17年・19年年末までに各1基、21年・22年年末までに各3基、合計17基を停止・廃炉とする。
 [再生可能エネルギー発電促進法改正案] 発電に占める再生可能エネルギー比率を、現在の17%から、20年35%、30年50%、40年65%、50年80%とする。
 梶村氏は、この転換を、次ぎのよう書いています。
 「この国は世界第4位の、また欧州同盟では最大の工業国として、「20世紀のアンシャンレジーム・原子力平和利用の時代」に最終的に決別し、「21世紀のエネルギー持続可能社会建設」へ向けて本格的に歩み出す」。
 次に、3.11以降のドイツの政策転換、つまりメルケル首相による脱原発への不可逆的転換の経過をたどります。 
 ①3.11 東日本大震災・福島原発事故発生
 ②3.12 メルケル首相記者会見で、「稼働中17基の原発の安全チェックの緊急実施」表明
 ③3.14 同首相記者会見で、「原発稼動延長法(昨年12/27施行)を3か月のモラトリアムで停止。その間に、全原発安全性チェック。1970年代稼動開始の古い原発7基の稼動禁止」。その理由「日本のような技術先進国で深刻な事故が起こったことは新たな事態である。これは区切りであって、フクシマの後はそれ以前とは同じではない。ドイツでも起こる危険性の有無について検証しなければならない」。
 ④3.15 原発立地5州の首相と会談。モラトリアムの間、70年代原発7基と事故停止中1基の計8基を原子力法にもとづいて稼動禁止とすることで合意。
 ⑤3.22 二つの委員会に諮問
環境省原子炉安全委員会(常設):稼働中の原子炉の技術的安全性について諮問。メンバーは、原子力科学技術専門家16名。故高木仁三郎氏盟友の脱原発派やアレバ社関連技術者等から構成。
倫理委員会(臨時):原子力発電の危険性が社会に倫理的に受容されるか否かにいて諮問。メンバーは、原発批判派の元環境大臣を座長のひとりとし、学会、政党関係者、経済界、宗教界の重鎮、なかには少数ながら強硬な原発推進派も。
 ⑥4.28 倫理委員会による公開討論会:学会・エネルギー業界・消費者団体・環境保護団体などの代表30人による。公共TVとインターネツトで11時間にわたり実況中継。
 ⑦5.17 安全委員会報告 地震・洪水・気候変動・航空機衝突に対する耐久性評価。
 ⑧5.30 倫理委員会報告 「ドイツで10年以内の脱原発実現は可能」「脱原発は社会から大きな危険を排除するために必要であり推奨すべき」「市民や自治体が積極的に再生可能エネルギー利用の効率化促進の法制度を整えれば脱原発を10年は早めることが可能」「脱原発は、気候変動を制御し持続可能社会を実現」「ドイツが先進技術社会のさきがけとなる大きなチャンス」。
 ⑨6.09 メルケル首相の議会での法案提出政府演説「私はフクシマ以前には核エネルギーの残余リスクを受け入れていました。というのは、高い安全基準のある高度な技術国家では、人間の裁量からして事故は起こらないと確信していたからです。それが今起こったのです」「フクシマは私の核エネルギーへの姿勢を変えました」。
 緑の党院内総務トリッティン元環境相の首相批判「チェルノブイリから25年後の事故の体験であなたの党もようやく結論をだした。これは遅すぎる。しかし正しい」。「これは反原発運動と環境保護団体の成果です。脱原発を求めて闘い、警告し、デモや座り込みを続けた何十万人の人々の成果なのです」「あなたが彼らに謝罪しないとしても、少なくともこの人々のあなたへの補習授業には感謝するべきでしょう」「今日あなたは、ようやく旗を巻いて脱原発へと降参した。私が言えるのは次ぎのことだけです。恵み深い夫人、21世紀にようこそ!」
 ⑩6.30 ドイツ連邦衆院にて圧倒的多数で可決。600人の議員のうち、原発推進派はたつたの9人だった。梶村氏は、「フクシマがドイツの議会に及ぼした驚くべき影響の結果」と評しています。
 ⑪7.08 ドイツ連邦参院にて承認・決議。
 以上が、梶村太一郎さんによって紹介された、ドイツの脱原発への不可逆的な転換が、法的に成し遂げられた、経緯です。
 このドイツの経過には、目を見張る思いがします。まず、この大転換を(かつての社民党政権時代の脱原発政策への復帰だとしても)フクシマ事故直後にメルケル首相みずから決断し、それを地道な根回しのうえ、たった4ヶ月足らずの短期間でやり遂げたのです。「地道な根回し」と表現しましたが、決して裏面でこそこそと動いたのではなく、公開討論会や委員会の場で堂々と激論を交わしながら、一致点を見出していったのです。トリッティン元環境大臣のメルケル首相に対する「これは遅すぎる。しかし正しい」という批判は、辛辣だけど、どこか優しい。「恵み深い夫人」を歓迎する気持ちが、こもっています。脱原発派の活動家や学者が、原発を容認してきた政府の諮問委員会で中心的に活躍しているのも、驚きです。彼我の違いに愕然とします。しかし、あきらめるわけにはいきません。ドイツからの希望のメッセージを真摯に受け止め、日本における脱原発の実現に向けて、一歩一歩歩んでいくしかありません。

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コメント

里山のフクロウさま、

ありがとうございます。
わたしの伝えたいことを簡潔にまとめてくださいました。
感謝いたします。

ベルリン
梶村太一郎

梶村太一郎様
早速のコメント、ありがとうございます。
梶村様のドイツからの通信を、かつての藤村信『パリ通信』を思い出しながら、愛読しています。今後のご活躍を、期待しています。

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