« 井上光晴の手毬歌 | トップページ | 福島を直視したジャーナリストの眼-その1- »

2011年8月18日 (木)

岩手県または達増拓也知事からのメッセージ

 東日本大震災の被災地・岩手県からのメッセージに、耳を傾けたい。3.11以降一貫して、〈東日本大震災・原発災害〉を特集している月間誌『世界』(岩波書店)の今月号(9月号)に、岩手県の達増拓也知事のインタビュー『答えは現場にある-岩手のめざす人間と故郷の復興』が、掲載されました。岩手県の復旧・復興の基本理念と政策方向を、知事みずから語ったものです。

 岩手の友人は、宮城県では村井嘉浩知事が先頭となり、積極的に復旧・復興に向けて活動しているのに対して、岩手県の達増拓也知事は、何をしているのか分からない、と不満を述べていました。現地から遠く離れた関東の地にあっても、村井知事がマスメディアへ頻繁に登場するのに対して、達増知事のそれは少なく、確かに何をしているのか、わからない。この両県知事の違いは何(故)なのかな、と軽く疑問に思っていたのですが、このたびのインタビュー記事を読んで、両者の相違が明確となりました。
 インタビューの内容を、簡単に紹介します。
 まず復旧・復興の核となる理念が、二つの宣言を通して、語られます。
 「宮沢賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉を残しました。私たち岩手県民は、皆で痛みを分かち合い、心を一つにして、被災された方々が「衣」「食」「住」や「学ぶ機会」「働く機会」を確保し、再び幸せな生活を送ることができるようにしていきます。また、犠牲となられた方々のふるさとへの思いをしっかり受け止め、引き継いでいきます。」(4/11「がんばろう!岩手宣言」から)
 「11世紀、東北では激しい戦乱があり、多くの命が犠牲となりました。奥州藤原氏の初代清衡公は、荒廃した国土を復興し、戦乱の無い平和な理想郷を実現するために、この地にこの世の浄土を創ろうとしました。こうして、平泉の文化遺産が築かれていきました。
 仏教の考え方に基づいて造られた平泉は、素晴らしい寺院や庭園を残すとともに、あらゆる生命を尊び共に生きるという理念を私たちに伝えています。
 私たちは、平泉の理念を胸に、東北の災害からの復興に取り組みます。」(平泉文化遺産のユネスコ世界遺産登録にあたっての7/3「東北復興平泉宣言」から)
 達増知事は、岩手宣言にある宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という思想と、平泉宣言の「あらゆる生命を尊び共に生きる」という理念に通底しているのは、日本国憲法13条の幸福追求権の理念である、と語ります。
 「日本国憲法13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
 これほど明確に、政策理念の根拠を日本国憲法の条文に依拠した政治家は、共産党や社民党などの護憲政党を除けば、本当に稀なことです。まずこのことに、強くひかれました。
 次に、こうした理念に基づき復興計画を話し合う「岩手県東日本大震災津波復興委員会」について、達増知事は「答えは現場にある」ということから、その委員構成を「オール岩手」の布陣にしたと語っています。つまり、19名の委員全員を各界代表の県内在住者にしました。宮城県の復興会議メンバーが、村井知事の「地球規模で物事を考える人」を基準に選んだ結果、東京の大手シンクタンクや大学教授中心の構成となり、県内在住者が12名中2名となったのと、極めて対照的です。ちなみに、岩手では、8月までの6回の委員会がすべて盛岡で開催されたのに対して、宮城では、4回の会議のうち2回を、東京・平河町で開いています。ローカリズムとグローバリズム。そしてメディアは、グローバリズムがお好き。村井知事が、東京のテレビに頻繁に出る理由が、これでよく分かりました。
 岩手県の大震災からの復旧・復興の鍵は、水産業の再生にあります。壊滅的な被害を受けた岩手県の水産業を、県行政はどのような道筋で、再生させようとしているのか。知事は明言します。「岩手の漁業は沿岸漁協や養殖業を主体とした小規模経営体が中心で、漁協が中心となって漁場を管理し、計画的な養殖など持続可能な水産業を実践し、後継者を育ててきました。地域のコミュニティ自体が、漁協を中心とする水産業を通じて形成されています。復興にあたっても漁協が核となることが岩手県の基本方針です」。そして知事は、漁協を核とした復興の「答えは現場にある」事例として、宮古市の重茂(おもえ)漁協を取りあげています。
 この重茂漁協について、ネットで得た知見を、紹介しておきます。
 三陸海岸が太平洋に向かって、大きく弓状にふくらんだ先っちょに、重茂(おもえ)半島があります。半島先端の魹(とど)ヶ崎は、本州の最東端になります。3.11の大津波では、時速115㎞の津波がこの半島を襲い、姉吉地区では津波遡上高38.9mの過去最高を記録しました。この半島は、山地と断崖と入江からなり、その入江を漁港に、沿岸漁業と養殖が盛んなところです。ワカメ、コンブ、ウニ、アワビ、シャケなどを産します。
 「重茂漁協」で検索すると、いくつかの動画をYouTubeで見ることができます。そのひとつに「重茂漁協からのメッセージ」と題したものがあり、それは、伊藤隆一組合長が、2008年に東京で開かれた六ヶ所再処理工場本格稼動反対集会に対して送ったものでした。メッセージのなかで伊藤組合長は、公害のない海を子孫に残すために、重茂漁協のこれまでの活動を振り返っています。合成洗剤を売らない・買わない・使わない「三無い運動」、「森は海の恋人」のスローガンのもと行ってきた魚つき保安林の保全、樹齢300年以上のブナやミズナラの原生林が広がる十二神山の森を遺伝子保存林として永久伐採しないことをうたった国との協定、「海づくり少年団」による森への広葉樹植林と海浜清掃活動などによって、森と川と海とが一体となった環境保全活動に取り組んできた、と誇らしげに語っています。そして伊藤組合長は、「六ヶ所再処理工場は、我々漁業者にとって最大の危機であります」と訴え、次のようにつづけました。「人間の愚かさ、そして経済的に強い立場にある者の『エゴ』によって、地方で貧しくも心豊かに、真っ当な暮らしを営んでいる我々には、核のゴミだけを押し付けておきながら、政府は自分たちの都合のいいように作った、基準内だから安全だ、問題ない、との一点張りで、納得できる説明もないまま、本格稼動を急いでいます。我々の安全という認識は、その廃液を直接飲んでも差し支えないものとの認識に立って、日々の漁業を営んでおります。政府の云う、広い太平洋で希釈されて放射能も薄まるから安全だ、ということでは、到底我々漁業者は、納得できるものではございません」と、力強く訴えました。しかし、その重茂漁協も、3.11の大津波では、壊滅的な被害を受けました。漁船814隻のうち800隻流失しました。重茂の被害の様子は、もうひとつのYouTubeに記録されています。
 この重茂漁協が、復旧・復興に向けて、動きだしました。達増知事は語ります。「漁協の総会で、残存した漁船を一括して漁協が確保し、お金を工面して補修を実施したうえで、操業に出られる漁業者に貸与し、漁業者はこの漁船を共同利用するという仕組みを全会一致で決め、そして早くも5月21日には天然ワカメ漁の再開にこぎつけているのです」。知事は、こうした工夫を指して「答えは現場にある」といい、さらに「水産業の復興を進めていくうえでは、自然のサイクルを知り尽くした漁業者の智慧と経験がなければ前に進むことができません」と確信して語ります。勿論、国の「国家プロジェクト的な全面的支援が必要」なことは、云うまでもありません。知事が、六ヶ所再処理工場反対運動を積極的に担っている漁協を、水産業復興の良き事例として挙げていることも、3.11フクシマ以降の特徴的な出来事といっていいと思います。
 一方、宮城県の村井知事は、水産業復興の決め手として、養殖漁業への民間導入を促す「水産業復興特区」構想を打ち出しています。企画者は、野村総研。「答えは東京にある」といわんばかりです。しかし、宮城県の漁協は、猛烈に反対しています。両県の水産業の、今後の復興に向けた展開が、大変興味あるところです。
 達増知事は、この他、フェアトレード(「生産者と消費者が顔の見える形でつながりあって、生産者は正当な所得を得て、消費者は安心できる生産物を得るというありかた」)や二重債務問題解決のための再生ファンド方式(「地方銀行や信用金庫などの地元金融機関と国・県でお金を出し合ってファンドをつくり、過去債務を買い取るという方式」)および再生可能エネルギーについての復興特区、などについて触れていますが、ここでは省略します。達増知事の次の発言は、彼の政治的立場を理解するうえでも是非、紹介しておきたい。「少なくとも岩手における復興にとって、規模集約・大型化、民間大手資本の導入などの手法-端的にいって“TPP的”な路線は、全く考えられません」。
 政治家・達増拓也というと、小沢一郎の側近中の側近、というイメージしかありませんでした。そして今回の大震災に際しては、岩手の友人同様に、何をしているのかな、とその行動をいぶかしく思っていました。今回はじめて、達増知事の「生の声」を聞き、岩手県被災地の復興にかける高い見識と意欲を感じました。何よりも、従来の構造改革路線による復興を明確に否定し、人間本位の復興を強く志向していることが、心強い。しかもそれは、極めて具体的です。マス・メディアは、このことを伝えません。今後の岩手県の復興に向けた取り組みに、一日も早い復興を念じつつ、注目していきたい。

« 井上光晴の手毬歌 | トップページ | 福島を直視したジャーナリストの眼-その1- »

コメント

竹林伐採の件ですが、うそか誠か1m位の高さで切り倒すと
自然に枯れるそうです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/155294/52499001

この記事へのトラックバック一覧です: 岩手県または達増拓也知事からのメッセージ:

« 井上光晴の手毬歌 | トップページ | 福島を直視したジャーナリストの眼-その1- »