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2011年10月 6日 (木)

『森と湖のまつり』を訪ねて-下-

Img_11391_1  武田泰淳の小説『森と湖のまつり』には、摩周湖のシーンは出てきません。ただ、筑摩書房全集版の見開きの写真に、この小説の取材旅行中の著者が、摩周湖を背景に映っています。1952年秋・40歳。『森と湖のまつり』が「世界」に連載される3年前のことです。武田泰淳が60年前に見た摩周湖もまた、私たちがみた摩周湖と同じように、決して人を寄せつけず、静寂のなか、美しい紺青色に染まっていたかもしれません。

Img_1175_1_2  この小説で最も大切な舞台となるのが、塘路湖畔です。主人公の風森一太郎と姉のミツの生まれ故郷であり、小説の後半で、それまでのほとんどの重要な登場人物が、ここに集結してきます。その塘路湖畔近くに、さほど大きくない木造洋館が建っていました。1885年(明18)に設置された旧釧路集治監で、「徒流刑に処せられたものらを拘禁する所」と看板に記されていました。流刑囚たちは、原野開拓の先駆けとなる道路や鉄道の建設と、屈斜路湖近くにあった硫黄山(アトサヌプリ)での硫黄鉱山において、言語に絶する過酷な労働を強いられました。ここが今、標茶町郷土館となって、開拓者の生活や塘路アイヌの伝統文化を学ぶ場となっています。Img_1163_1  
 ぺカンベ祭り(ぺカンベカムイノミ)の写真がありました。祭りを司るアイヌの長老たちと、それを見学する多数の観光客が映っています。1970年代前半撮影とあります。森と湖のまつりは、直接的にはこのぺカンベ祭りを指しています。上に書いた小説での重要人物の集結というのは、この祭りの日をターゲットにしていたのです。ぺカンベは、アイヌ語で菱の実のこと。このぺカンベの実が生り、祭りの日を解禁日として、その採取がはじまります。ぺカンベは塘路アイヌにとって、最も重要な澱粉源であり保存食であったのです。他のコタンのアイヌは、ぺカンベと交換するために貴重な漆器を手に、塘路を訪ねました。Img_1206_1この祭りは、熊や鹿など動物を対象にすることの多いアイヌ民族の祭事のなかでは、植物を対象にした大変珍しい祭事だと、説明されていました。ぺカンベ祭りは、1950年代後半から、標茶を代表するイベントとして観光化されましたが、現在では行なわれていません。
 郷土館をあとに、湖畔に下りていきました。塘路湖畔は、アイヌ解放を闘う青年・風森一太郎とアイヌであることを隠し続けた標津の網元の長男が、ともに銃を手に、運命的な決闘をするシーンの舞台でした。また、美しいアイヌメノコであったミツを捨てた和人教師、先生オドが入水自殺したところです。水辺には、たくさんのぺカンベが打ちあげられていました。手にとってみると、尖った二本の角と天狗のくちばしをもった、すこし怖げな妖怪顔の形をしていました。
Img_1239_1  塘路駅からはノロッコ号に乗って釧路湿原を南下し、釧路市に着きました。早速、幣舞(ぬさまい)公園に松浦武四郎記念像を見にいきました。松浦武四郎は、幕末に蝦夷地を探検し、アイヌ民族の生活文化を記録した探検家です。そうし たなかで松浦は、和人によるアイヌ虐待を厳しく告発しました。松浦武四郎の蝦夷地探検については、花崎皋平著『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』において学びました。この著書で花崎氏は、アイヌのエカシが立て膝あぐらで坐り、野帳と筆を持った松浦が立ってエカシの指さす方角を見つめている、というこの像の構成に対して、厳しい異論を唱えています。詳細は触れませんが、アイヌ民族の立場から松浦武四郎を記念するとすれば、どのような構成の像となるのか。そもそも、たとえ松浦がアイヌ虐待を厳しく告発したとしても、アイヌ民族が和人探検家の功績を記念することはありえないことなのかもしれません。この像を見ながら、こんなことなどを考えました。Img_1273_1_3
 釧路川河口近くにあった港文館(喫茶店をかねた石川啄木記念館)に立ち寄り、コーヒーを飲みながら、各人持ち合わせのわずかな知識で、啄木論を少々。ここを出た時には、陽もすっかり落ち、釧路港には夕闇が迫っていました。幣舞橋では、欄干に立った佐藤忠良と舟越保武の彫刻作品が、それぞれ足下からのライトに浮かび上がり、昼間とは趣を異にした美しさを発揮していました。港沿いの歩道にはオレンジ色の街灯が灯され、いやがうえにも旅の情緒を高めてくれます。

 旅はこのあと、標津からオホーツク海へと出、網走、サロマ湖を経て紋別市で一泊。翌日旭川から飛行機で東京へと帰りました。この間にも、忘れがたい旅の思い出がありますが、この辺で、キーボードを叩く指を止めます。

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