脱原発への道-ドイツからの希望のメッセージ-
年末のテレビ番組は、今年1年を振り返る特別番組が、目白押しにつづきます。中心はいうまでもなく、3・11東日本大震災と福島原発事故のニュース。大津波の犠牲となった被災者と被災地の映像は、いつ見ても涙誘われ、みにくく崩壊した原発の姿は、恐怖と憤怒の感情をこみ上げさせます。そうしたなかで、なでしこジャパン優勝のビデオ映像は、あの日、ドイツからのライブ中継をみながら歓喜と感動に酔ったことを、思い出させてくれました。
あの日、このブログに「ドイツからの歓喜と希望のメッセージ」という記事を書きました。なでしこジャパン「世界一」のニュースと、ドイツ議会が脱原発を決定したというニュースについて書いたものです。そして年末、なでしこジャパンの「歓喜」を再体験しながら、ドイツからの脱原発という「希望のメッセージ」に、再び思いを寄せました。メルケル首相が、原子力発電の危険性が社会に倫理的に受容されるか否かについて諮問した「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」の報告書『ドイツのエネルギー転換 未来のための共同事業(日本語訳)』をネット上に見いだし、読んでみました(「世界」1月号に、この報告書の「4.倫理的立場」という1章だけの翻訳が掲載されています。この記事は、これら2種類の翻訳を参考にしました)。この報告書こそ、脱原発に向けた希望のメッセージであり、ドイツが、どのような論理と倫理感から、脱原発の道を決定したのかを教えてくれるはずです。
まず、倫理委員会は、福島原発事故を、どう受け止めたのでしょうか。
次ぎの三つの重要な点によって、人びとの原子力リスクの受け止め方、つまりリスク感覚が変った、と指摘します。
①深刻な原発事故が日本のようなハイテク国家で発生した、という事実。
②事故後数週間たっても、損害規模、地域的ひろがり、破局見通しなどが不明なこと。
③今回の事故のプロセスは、原発の設計においては想定されておらず、技術的なリスク評価の限界が明らかとなったこと。
こうしてドイツの人びとは、原発において大事故が実際に起こることを自覚し、原発の安全性に関する専門家の判断に信用が置けないこと知り、そして、原発利用に責任をもつことができるかどうかを提起するに至りました。
つぎに、倫理委員会が立脚する倫理的立場について、報告書は次ぎのように述べています。「未来のエネルギー供給と原子力エネルギーに関する倫理的な価値評価において鍵となる概念は、「持続可能性」と「責任」である」。「持続可能性」については、環境が損なわれないこと、社会的正義が成り立つこと、経済が健全であること、という三つの柱を立てています。また「責任」については、自然に対する人間の生態学的責任と後世の人間に対する現代人の責任をあげます。生態学的責任は、「環境を保護・保存し、環境を自分たちの目的のために破壊することなく、有用性を高め、未来における生活条件の保障の見通しを保持することを目指す」ものだとし、未来世代への責任は、エネルギーの保障、長期的・無期限なリスクと負担の公平な分配、これらと結びついた行為の結果にまで及ぶもの、としています。とりわけ、短期的な利益を優先して未来の何世代にも負担を強いるような決定に対しては、社会が責任をもって、受け入れの可否を決定すべきだと主張します。
こうした倫理的立場に立って、倫理委員会は、脱原発への論理を次ぎのように展開します。原子力に対する絶対的拒否の立場と比較考量の立場の対立と歩み寄りのなかに、結論を導いていきます。
絶対的拒否の立場は、原子力の災害可能性、未来世代への負担、放射線による遺伝子損傷の可能性が、リスクを比較考量できないほど大きいと評価します。しかも、原子力事故は、最悪の場合、どんな結果になるのか未知であり、評価も出来ない。その事故結果は、空間的にも時間的にも社会的にも、限定不能となる。その当然の帰結として、原子力技術はもはや使用すべきではない、という結論に至ります。
比較考量の立場は、巨大技術施設にゼロ・リスクはあり得ない、という立場から出発し、リスクとチャンスをすべてのエネルギー・オプションに関して比較考量すべきだとします。この比較考量の基準は、科学的事実と倫理的評価です。こうした比較考量をドイツの現時点での文脈から行うならば、原子力発電は、もっともリスクの少ないエネルギー生産の方法によって代替できる、という結論を得ます。なぜならば、ほぼすべての学術的な研究が、原子力エネルギーと比べて、再生可能エネルギーとエネルギー効率の改善(省エネ)の方が、健康リスクや環境リスクを低くするという結論に至っているからです。しかも、代替エネルギーの経済リスクは、想定可能かつ限定可能であるのです。
かくして、原子力に関する絶対的と相対的の二つの立場とも、同じ結論に達しました。ドイツにおいては原子力エネルギーを、リスクのより少ない技術によって、生態学的、経済的、社会的に配慮した仕方で代替できる、という倫理委員会の統一見解を得たのでした。
メルケル首相の政府は、倫理委員会の報告書に基づき、2022年までの全原発(17基)の停止・廃炉を決定し、再生可能エネルギーの比率を、20年35%、50年80%とする法案を閣議決定し、ドイツ議会は、圧倒的な賛成多数で、これらの法案を可決しました。
ネット上にアップされた倫理委員会報告書を読んでいる時、もう一つのドイツからのメッセージを見つけました。ドイツ南西部バーデン・ビュルテンベルグ州シェーナウにあるシェーナウ電力会社と同社発行の小冊子『原子力に反対する100個の充分な理由』(日本語訳)です。
1986年のチェルノブイリ原発事故後、放射能汚染に不安を持ったシェーナウの親たちが集まって、「原子力のない未来を求める親の会」を作りました。親の会は、シェーナウに電力を供給していたライフェルデン発電所に、原発からの撤退を求めますが、受け入れられません。そこで親の会は、市民がお金を出し合って自ら再生可能エネルギーによるエコ電力会社を作ることを模索しました。その結果、1997年にシェーナウ電力会社が創立されました。現在、社員70人、顧客10万人超えの会社に成長してきました。同社の創設者のひとりであるウルズラ・スラーデックさんが、福島原発事故の後、同社発行の小冊子『原子力に反対する100個の充分な理由』を日本語訳にして、ネット上にアップしたのです。大変判りやすい脱原発ブックレットです。上記倫理委員会報告とともに、読んでみてほしい。
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