デズモンド・モリス著『フクロウ その歴史・文化・生態』
フクロウは、タカやワシなど他の猛きん類同様に、ある地域の生態系(食物連鎖)の頂点にある動物です。こうした動物を、生態学ではアンブレラ種ということを、先の里山学習で知りました。ウィキペディアには、「アンブレラ種を保護することにより、生態系ピラミッドの下位にある動植物や広い面積の生物多様性・生態系を傘を広げるように保護できることに由来する概念」と説明されています。里山のフクロウは、その地の生物多様性、つまり豊かな自然の指標とされているのです。
このブログ『里山のフクロウ』を書き始めた6年程前には、夕方、フクロウが度々自宅近くに飛来し、ホッホー、ホッホーと鳴いていました。しかしここ数年は、めったにその姿を見せず、鳴き声もしばらく耳にしません。彼らの行方が、気にかかるところです。フクロウの姿とその鳴き声に、勝手に「静かな思索者」をイメージしてブログ名としたのですが、はたして今、彼らはどこに所在しているのでしょうか。
前回の「里山」にひきつづき「フクロウ」について学びます。テキストは、デズモンド・モリス著『フクロウ その歴史・文化・生態』(伊達 淳訳・白水社・2011/12刊)。著者は、イギリスの動物行動学者で、70年ころにベストセラーとなった『裸のサル』を読んだことを記憶しています。
1.イメージの歴史
著者は、古今東西の人びとが、フクロウのあの眼差しに魅了され、多様なイメージを脹らませてきた、と記します。古代ギリシャでは、フクロウは知恵と同義語とされ、守護女神アテナにとって神聖な生き物とされていました。しかし古代ローマでは、女神ミネルヴァのフクロウ(知恵の象徴)とみなされる一方で、不吉な鳥(死の象徴)だと広く信じられていました。古代中国では、フクロウを象った青銅器製の酒器として祖先崇拝の儀式に使われていましたが、道教の時代(後漢~唐)には、「フクロウは怪鳥で、雛は母鳥の目をくり抜いて食べてしまう」と信じられていました。南米ペルーのモチュ文化(100~800年)では、フクロウは「知恵と呪術師」を表わす一方で、「斬首の儀式にたずさわる戦士や死者の魂の象徴」だったといわれます。
フクロウのイメージには古今東西、「賢いフクロウ」と「邪悪なフクロウ」という相反する矛盾した形容詞が捧げられてきたのです。
2.17世紀イギリスの寓意画集(ジョージ・ウィザー著『古代エンブレム集』)より
その1。蛇が絡みつく杖に翼を広げたフクロウがとまっている絵。その警句にいう。「己の仕事を日の当たるところに持ち出す前に、夜の間にもう一度考えよ」。著者はいいます。「フクロウを賢明な鳥と考えるのは単に頭の形状が人間に似ているからだけではなく、日中の不安や混乱が避けられる時間帯に起きているていう事実も関係しているのかもしれない」。
その2。とまり木に止まったフクロウのまわりを、怒った鳥たちが群がっている絵。警句「うるさく要求する群集の前では黙っているがいい。我々は口を慎むべきである」。堅忍と沈着の象徴としてのフクロウ。
その3。開いた本の上で翼を広げたフクロウがいる絵。警句「勉強をして、常に用心深くあることで、知識という宝物を我々は手に入れることができる」。知恵と学習のシンボル。
その4。人間の頭蓋骨の上にとまったフクロウの絵。警句には「たとえ今は呼吸を楽しめていようとも、死を意識し続けるがよい」。フクロウは墓場に棲む、陰鬱な野鳥で、死の象徴となる。
ここにも、フクロウの寓意する多面性が、表れています。
3.フクロウと芸術家
多くの芸術家たちも、フクロウに魅せられ、その姿を作品に残しています。著者は、ボッシュ、デューラー、ミケランジェロ、ピカソ、マグリットなどの作品を取り上げています。
ボッシュ(1450~1516)は、裸の男の子が等身大のフクロウを抱きしめているシーンを描きました(三連祭壇画「快楽の園」から)。ある学者はこの絵を、「聖なる自然の叡智に身を委ねた証」と解釈しました。
デューラー(1471~1528)の描いたフクロウの水彩画は、「最も有名で最も愛されるフクロウ画」となりました。それは、写実に徹し、あらゆる寓意性や象徴性を排除しています。
ミケランジェロ(1475~1564) は、裸体の女性の折り曲げた膝の下に、フクロウの彫刻を置きました。「その裸体は「夜」を表わし、フクロウは夜の闇の象徴として」そこに置かれました。
ゴヤ(1746~1828)は銅版画(「ロス・カプリチョス」)で、作業机にうつ伏せになってうたた寝をする芸術家の頭のまわりで飛び交う、フクロウのようなコウモリのような鳥を描いています。暗闇の邪悪なフクロウのイメージです。
ピカソ(1881~1973)は、「自分自身のことも、誰もが知るあの力強い目のせいでフクロウに似ていると思っていた」こともあり、フクロウの絵やデッサンや陶磁器など、多くの作品を残しています。彼はフクロウを、「死を予告する怪鳥」とみなしていました。
マグリット(1898~1967)は、荒涼とした風景を背景に、植物が力強く成長し、花が咲くべき先端に緑色のフクロウが生えている、という奇妙な絵を描きました(「恐怖の仲間たち」)。マグリットは、「邪悪で悪魔的な役割を担う存在としてのフクロウ」を描いたのです。
このように、フクロウの歴史や文化に関する叙述は、著者デズモンド・モリスの博識ぶりを、十分にうかがわせるものです。これらだけで、一冊の大書が編まれても、決しておかしくない。ともかく、フクロウに関する話題は、尽きることがない。しかし、動物行動学者である著者の本領は、フクロウの生理・生態の叙述において、遺憾なく発揮されます。以下、やや詳細に紹介します。
4.フクロウの生理・生態
その1.フクロウの目
①顔の前面につき、両方の目が左右に、大きく離れている。このため、立体的視野を持ち、獲物を捕まえるのに役立っている。
②目は眼窩(頭骨の穴)に固定されているため、きょろきょろと横目を使うことはできないが、頭は左右に270度、上下に90度動かすことができるので、頭全体を動かして広い視角を確保している。
③非常に弱い光の中でものを見ること、地上のどんなかすかな動きも見逃さない、鋭敏な視力を持っている(メンフクロウの視角感度は人間の35倍)。
このように、遠くのものを鋭敏な視力で見通す能力は、夜行性の肉食鳥として生きていくうえで極めて重要な特徴である。
④「フクロウに関する最大の誤解は、フクロウは明るい光の中では目が見えないというもの・・・これは事実ではない」。
その2.フクロウの耳と顔
①高度に発達した形で、頭部の左右にあり、左右の耳の高さは異なる。このため、地上の小さな音が一方の耳には早く届き、比較的大きな音として聞こえる。
②細かい羽毛で覆われた顔盤は、パラボラアンテナのように音を耳に集める役割を果たしている。
③顔には特別の筋肉があって、顔盤のへこみ具合を変えることができる。獲物の上を飛翔する間に、顔のへこみを深くしたり浅くしたりして、獲物の正確な位置をはかっている。
かくしてフクロウは、冷たい北の森のなか静まり返った真夜中に、ネズミの足音も聞こえることとなる。
その3.飛翔
フクロウは、奇妙なほど静かに飛ぶ。これは、主翼羽の長い初列風切羽の構造が、繊細に縁取られ、端がのこぎり歯状になっていて、表面がベルベットのように柔らかいためである。
その4.モビング mobbing (群れをなして襲うこと)
フクロウは昼間、多数の小鳥たちに群れをなして襲われることがある。すこし長文になりますが、大変興味深い1節なので、原文のまま引用します。
「小鳥たちは、フクロウに対して生まれながらの恐怖心を持っているおかげで、普段はこの肉食鳥を避け、命拾いをすることにつながっている。しかし近くに仲間がいる場合など、悩まされる側が悩ませる側に変身する。逃げるどころか一歩も引かず、フクロウに向かっていくのだ。甲高い警告の声を上げ、群れてさらに多くの小鳥を呼び寄せ、怒って騒々しくなった小鳥たちはフクロウを取り囲んでしまう。小鳥たちは絶え間なく大きな声で鳴き、身をよじったり小刻みに動かしたり、攻撃をするふりをしたりして、自分たちよりも大きなフクロウに嫌がらせをする。その中でも度胸のある小鳥は大胆にも実際に攻撃を仕掛け、後から忍び寄ってフクロウの羽をぶつけることもある」。そして群がられたフクロウは、「我慢し・・・苛立ち・・・心を乱され・・・徐々に落ち着きを失い、ついには騒々しさや嫌がらせに耐えきれなくなって・・・飛び去ってしまう」。小鳥たちの目的が達成されたのです。
この現象は、古代ギリシャの壺の絵柄にも描かれ、古代ローマの博物誌にも記載されています。古来、野生のフクロウのこの奇妙な現象は、人びとの関心を集めつづけてきました。
ネットで owl mobbing を検索すると、立派な羽角をもったフクロウ(ミミズク)が、小鳥たちに襲われ、執拗な嫌がらせをうけている映像がありました。小さな小鳥がまわりをうろつき、中ほどの小鳥が果敢に、フクロウに襲いかかっています。数日前、自宅近くで、トビが複数のカラスに襲われているところを目撃しました。カラスを小鳥というのには抵抗がありますが、これもモビング現象のひとつなのでしょう。
写真はすべて、自宅にあったフクロウの置物です。20年ほど前、娘が旅行の土産に買ってきたフクロウの壁掛けが気に入り、それが切っ掛けで、フクロウの工芸品を収集しました。しかし、それらは余りにも簡単に集まりすぎ、今ではすっかり興味を失ってしまいました。こんな時に役立つとは、想定外でした。
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