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2012年4月16日 (月)

里山の暮らしの変化

 高崎市郊外の農村に住んで20数年たちます。この間、地域の人びとの仕事や暮らしに、大きな変化はみられません。ほとんどの農家は、狭い田畑で自家用の米や野菜をつくり、一部の農家が、農産物直売場へ野菜や農産物加工品(手打ちうどん、漬物、梅干、餅など)を日常的に出荷して、現金収入を得ています。市場出荷をするほどの規模を有するのは、椎茸の原木栽培農家くらい。20年前も現在も、ほとんど変わることがありません。

 しかし、人と人との関係が、大きく変わったように感じます。

 農協の地区組織であった農事組合が、実質的に解散したのは、数年前のこと。「農業」が地域の人びとを結びつける結節点ではなくなったようです。これに代わり、地域を越えた直売所単位(旧町)の出荷組合という新しい共同が、生まれました。地縁による地区内全員参加型の組合から、社縁(目的共有)による任意参加型の広域組合への変化です。52戸からなる地区内の農家から、農業での共同は見当たりません。

 葬儀のあり様の変化が、人と人の関係を変えました。10数年前までは、隣保班が喪家から財布を預かり、葬儀のすべてを仕切っていました。葬儀日程の決定、関係先への連絡、葬儀式の準備、司会と受け付け、喪家・親戚の食事作りと接待などを、長老の指示のもとに行っていました。しかし、自宅葬から斎場葬への移行を切っ掛けに、こうした関係が壊れつつあります。葬儀日程の決定や関係先への連絡は、形式的には隣保班で行いますが、実質的には、喪家の意向がそのまま通ります。隣保班の役割は、斎場での受け付けのみとなり、手伝いも従来の1軒2人から1人になりました。

 隣保班の年1回の総会を、当地では「春祈祷」とよんでいます。例年、2月の「建国記念日」に開催されてきました。以前は、温泉地や温泉施設への日帰り旅行の形をとり、夫婦二人で参加しました。新年度の役員交替や約束事(香典や祝儀の金額等)を確認したあと早々に、温泉に浸かり、土地の馳走を肴に、酒を酌み交わしました。地域の人びとにとっては、年一度のお楽しみでした。しかし、3,4年ほど前から、公民館でお茶を飲みながら、30分足らずで終わる総会に変わりました。すこぶる愛想のない春祈祷となりました。

 地域の人と人の関係が、年々疎遠となってきました。日常的に報道される高齢者や病人の孤独死が、他人事または他所(よそ)事とは思えません。現に昨年、この地区で、1人の高齢者が自殺し、他の1人が風呂場で事故死しました。高齢社会の縮図を見た感じでした。
 
 区の新しい役員と相談し、今年度から地域の人びとによる「ふれあいの日」を設けることにしました。毎月第1土曜日の午後、とりあえずは、「茶菓とおしゃべりを楽しもう」と集まることにしたのです。幸い、市からの助成もあり、会議用テーブル・椅子とテレビ・ビデオを備えることができました。早速、5月から開始です。80歳以上の方々に出した招待状には、「竹の子料理をお茶請けに、新茶とおしゃべりを楽しみます」と案内されました。はたして、何人ぐらいの人びとが、参加されるでしょうか。地域の人びとによる新しい関係づくりへの、小さな一歩です。

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