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2012年5月26日 (土)

沖縄からの警告

 「復帰すると、沖縄にも雪が降る」と子供たちは信じていた。「大人たちがあんなに騒いでいるのだから、何らかの目に見える変化があってしかるべきだ」と子供たちは期待した。これは、「復帰」のとき小学校4年生だったという新城和博さんの回想です(同氏稿『郊外化と植民地化の狭間で』「世界」6月号から)。

 40年前、沖縄の人びとは、本土「復帰」による大きな変化を期待しました。その最大のものは、「基地のない島」へ戻ることでした。米軍占領下、農地を収奪され、生命と人権を蹂躙されつづけてきた人びとは、「祖国復帰」によって沖縄が、日本国憲法の下に入いり、基地の桎梏から解放されることを期待したのです。しかし、沖縄の基地問題は、なんら変わることなく今日までつづいています。1995年の米兵による少女暴行事件に端を発した普天間基地の返還は、辺野古への新基地建設を条件とした欺瞞的なものでした。そして現在、同基地の「国外・県外」移設を公約した民主党政権の裏切りは、保守・革新を超えた広範囲の沖縄の人びとに、「基地の過重負担は差別である」という意識を、強烈に植え付けました。元外務省職員で沖縄県に出向した経験をもつ山田文比古氏は、こうした沖縄の現状について、「地下のマグマのように県民の不満が蓄積している状態は、いつまた爆発するか分からないという意味できわめて不安定であり、危険であると言わざるをえない」と警告しています。(同氏稿『沖縄「問題」の深淵』「世界」6月号から)

  「吊るしてやればいいんだよ。米兵の子供をさらって、裸にして、五八号線のヤシの木に吊るしてやればいい」 ふいに比嘉が口を開いた。「本気で米軍を叩き出そうと思うんならな」・・・・・・・・そうなのだ。カツヤは胸の中でつぶやいた。比嘉の言う通りだった。それ以外に方法などなかった。八万五千の人々に訴えている少女の姿は美しかった。だが、必要なのは、もっと醜いものだと思った。少女を暴行した三名の米兵たちの醜さに釣り合うような。(目取真俊著『虹の鳥』 影書房 06刊)

 少女暴行事件抗議集会のテレビ映像を見ながら、少女売春元締めの凶暴な青年、比嘉がつぶやき、手下のカツヤが聞いている。基地の島・沖縄を舞台に、果てることのない憎悪と暴力の連鎖を執拗に描いた小説『虹の鳥』のなかで、主人公カツヤが、米兵家族に対するテロを夢想するシーンです。ただひとり信頼する姉を米兵にレイプされたことのあるカツヤは、嘆息します。「米兵に沖縄の少女がやられたんなら、同じようにやり返したらいい。そう考えて実行する奴が五十年の間一人もいなかったのか。襲う奴と襲われる奴が決まっている、そうしう島なのだ・・・・・。」
 抗議集会をやっても、何も変わらない。「本土並み復帰」から40年たっても、変わらない。米軍と本土への憎しみが、鬱積していきます。そして、小説家の文学的想像力は、米兵家族へのテロとなって、アメリカ人少女を襲います。

 

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