反日デモ ― 丹羽駐中国大使の警告が現実に
新聞やテレビの報じる中国の尖閣・反日デモは、日を追って拡大し、行動も過激化して収まる気配がありません。日本政府はみずから当事者となって動きがとれず、自民党総裁候補たちは、時を得たばかりに、ナショナリズムを煽る言辞を弄して、無責任に元気づいています。アジア近隣諸国との和解と友好を願ってきたひとりとして、悲しみとやり切れなさがつのるばかりです。今日一日、『世界』10月号の特集記事「日中国交回復40年 ― 対立を越えるために」読みつづけました。
河野洋平氏は、尖閣問題が日中国交回復時の「解決は次世代に委ね、現状を維持する」という中国側の譲歩による合意を、石原都知事のパフォーマンスと政府の国有化によって日本側が、踏み込んだことによって生じた、と指摘します。そして領土問題については、戦後処理問題に真剣に取り組まずして解決はありえない、として今の若い政治家や官僚に、次のように訴えています。
「丁寧に、そして謙虚に、歴史を見ていただきたい。なぜ領土問題が起きているのか、なぜ問題になったのか、経過はどのようなものなのか、根源的には何が問題なのか、そうした思索もなしに、海上保安庁の権限をどうするとか、上陸させないための設備をどうするとか、解決策にもならない解決策ばかり考えるのは、政治でもなければ外交でもありません。
解決のために相手の声に耳を傾けるという姿勢がないからこそ、問題が深刻化するのです。」(河野洋平氏へのインタビュー記事『日本外交に理性と誠実さを』「世界」10月号)
「日中国交回復40年」にあたる今年は、「両国の過去を振り返りながら、東アジアで共に生きていく両国のこれからを展望する契機とすべき年」(「世界」)であったはずですが、この試みは、日中友好と東アジアの平和を望まない人たちによって、打ち砕かれてしまいました。テレビに映し出される反日デモをみて、彼らは「してやつたり」とほくそ笑んでいることでしょう。彼らへの嫌悪感が、身体中にひろがります。石原都知事による都の尖閣諸島購入計画に対して、「日中関係に極めて重大な結果をもたらす。過去数十年間の努力が、水泡に帰することを、許すわけには行かない」と、いち早く警告を発した丹羽駐中国大使は、政府や与野党から厳しく批判され、更迭されました。日本という国は、正しい歴史認識を踏まえた良識が通じない社会になってしまったようです。
知日派の中国人ジャーナリスト莫邦富(モー・パンフ)氏は、中日関係を建築物に譬えて、「築年数が40年となった中日関係というビルは、これまで何度もの政治的な嵐と地震に震撼させられ、壁のひび割れや基礎の動揺などの現象が見られた。「中日関係」ビルの安全性を脅かす問題を取り除くために、耐震構造の追加工事や修繕工事を行わなければならない」という論考を寄稿しています(同氏稿『「中日関係」という建築物に耐震工事を』)。
その「工事」のひとつは、「人的交流の強化」。中国を訪問した日本人は、ここ数年300万人台を維持し続けており、日本を訪問した中国人(中国本土住民のみ)は、100万人に達している。「両国民の相手国訪問人数が300万人というレベルに達せば、その相互理解はきっとより進むだろうと信じる」と莫氏は、期待します。
もうひとつの「工事」は、「ソフトの交流」。中国人消費者の身辺には、日本製家電製品にかわって、テレビ番組やアニメなどのソフトが増加している。昨年の大晦日の夜、中国初の紅白歌合戦の生中継が実現し、「今や中国の消費者は中国製のテレビで日本発の番組を見る」時代となったのです。莫氏は、テレビ番組やアニメだけでなく、日本の優れた多分野にわたるソフトパワー(日本の医療保険制度、税制度、老後の生活を保障する年金制度、義務教育制度、省エネ、環境保護、成熟した民度、秩序ある社会など)を中国人は学ぶ必要がある、と強調します。そして日本人に対しては、中国社会の変化を謙虚に受け止めて、そこに学ぶべきものを探し出すという意識を持ってほしい、と要望します。
今日まさに、大地震となって「中日関係ビル」を震撼とさせている釣魚島(尖閣諸島)問題の背景について、莫氏は次のように指摘します。「近年、中日間に起きた国力の逆転現象を素直に受け止めず、意識的か無意識的にか相手に学ぼうとすることを避け、むしろ中国をライバル視、敵視するという現象が日本社会に広く見られる」。そして、釣魚島(尖閣諸島)問題の棚上げは、国交正常化を実現した時の中日政府双方で確認した一時的な解決方法ですが、「しかし近年、日本社会から、この解決方法を覆そうとする動きが顕著化し、日本政府にもこうした動きに迎合する傾向と勢力が現れた。それに対して、中国も次第に反発の態度をとるようになった」と問題の経過を解いています。こうした中日間の衝突は、「まさに時代の変わり目に出るべくして出てきた問題であり、特に驚くことではない」として、あくまでも「平和的に問題を解決したいという冷静な気持ちを中日両国の指導者と国民が保っていれば、友好的な近隣関係を構築し直すことは可能である」と見通しを語り、最後に「平和のための努力は絶対放棄しない」と力強く訴えました。
もう一人の中国人寄稿者・劉建平氏(中国伝媒大学副教授)は、「釣魚島」(「尖閣諸島」)の現状を、「ゲリラ上陸作戦がエスカレートするのを抑えられない無政府状態に近くなってきている」と懸念を表明し、外交交渉による国際法的決着での早期解決を求めています。そして、共同研究と外交交渉によって、日本の「固有領土」が認められたら島の名称を「尖閣諸島」にし、中国の「固有領土」が認められたら「釣魚島」にしょう。どちらとも論証できない場合は、「和解島」とでも名づけて、共同開発にするかさらに棚上げにするか、明確に定めた国際法を作らなければならない、と提案しています。(劉建平稿『日中関係は「不正常」な状態が続いている』)。
劉氏の「共同開発」「棚上げ」論は、日本人による座談会の中で、金子秀敏氏(毎日新聞)も語っています。「結局、ウィンウィンの関係をつくることによらなければ、領土問題は解決できない。つまりは凍結です。それに一番わかりやすいのはエネルギーの共同利用です。その一つの雛形が尖閣だった。鄧小平が日本記者クラブでそう発言したとき・・・周りにいた日本人が皆喜ぶ。よかったとホッとするんです。凍結は解決ではないと言う人がいますが、凍結する以外に解決はないのです」。(猪間明俊、金子秀敏、石川一洋3氏による座談会『いかに「領土」を超えるか」)
福岡愛子氏(東大院・研究員)は、尖閣諸島をめぐる領土ナショナリズムのエスカレートを批判的に論じ続けているジャーナリスト・岡田充氏のネットでのコラム『領土は空洞化する国のシンボル ― 傾聴に値する馬英九提案』に触れながら、新しい時代思潮を鋭く感じとっています。
「その中で彼(岡田)は、国境を越えるグローバル経済が「主権国家と政府の力を否応なく減衰させている」今、「領土」が、空洞化した国家のシンボルとして、強力な国家再興を夢見る人たちにとって抗い難いテーマとなっていることを指摘する。それは、あの海を「沖縄、台湾、中国の漁民が生活圏にしている場」としてとらえなければならない、という沖縄からの問題提起と受け止めての論考である。ことさらに「国家」を掲げずにはいられない人々はいつの時代にも存在するが、その枠組みと境界を越える発想や試みの可能性が広がったことは、この40年間のもっとも大きな変化かもしれない。」(福岡愛子稿『周恩来の「特派員」が見た国交回復 対日工作者・王泰平日記を読む』)
中国での反日デモの背景と、日中関係や尖閣諸島問題について学ぼうとするものにとって、「世界」10月号の特集「日中国交回復40年 ― 対立を越えるために」は、問題の所在と解決の方向を考えていく上で、大変有用なものだと思います。事態を冷静に受け止め、平和的解決を探っていくためには、河野洋平氏のいうとおり、謙虚に歴史に学ぶことが求められています。
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偶然、目にしたもので、ついつい拝読させていただきました。すごい学習の意欲ですね。敬服の意を表します。この文章をより多くの人に読んでもらうために、私の微博やfacebookに紹介させていただきたいです。よろしくお願いします。
投稿: 莫邦富 | 2012年9月24日 (月) 23時29分
コメントありがとうございます。
一日も早い日中関係の回復を、心から祈念します。
そのためにも、莫さんの文章をはじめ『世界』10月号の各記事・論文が、よりひろく読まれることを、望みます。
投稿: minoma | 2012年9月25日 (火) 18時31分
通りすがりの者ですが、とりあえず共感をお伝えしたくてコメント欄に書き込ませていただきます。私も『世界』の特集は、この時期ほんとに救われる思いで読みました。

新聞でも冷静で鋭い問題のとらえ方をした記事が掲載されたりしますが、その同じ紙面上で、敵対心を煽るだけの週刊誌広告の見出しが目立つ、という現実にまた愕然としたりします。
そんな折、私の信頼するジャーナリスト(フクロウさんもご紹介くださいました岡田充さん)から、今の私の思いをあますところなく表明したアピールが届きました。
既にご存知かと思いますが、以下のサイトでご一読の上、ご賛同いただけましたらよろしくお願いします。
http://peace3appeal.jimdo.com/
投稿: | 2012年10月 8日 (月) 11時27分
コメントありがとうございます。
教えていただいたアッピール、早速読み、深く深く納得して、署名に応じました。かさねて、お礼申し上げます。
投稿: 里山のフクロウ | 2012年10月 9日 (火) 18時36分