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2013年4月 1日 (月)

講演会『3・11 フクシマからあなたへ』

 3・11から二年目の春が、めぐってきました。しかし、震災被災地の復興は遅々として進まず、過酷事故を起こした福島第一原発は、政府の発した「事故収束」という新たな神話に関わらず、きわめて危険な状態がつづいています。そして、福島県の15万人を超える人びとが被災者として、住み慣れた自宅や故郷を離れ、不条理で困難な避難生活を強いられています。

 私たちは、こうした福島の現状を決して、忘れるわけにはゆきません。日本からすべての原発がなくならない限り、「フクシマ」は私たちの未来の姿でありうるからです。福島であったこと、ありつづけていることを心の奥底に、しっかりと記憶しつづけ、福島に向き合っていきたい。仲間内でこんな会話をするなかで、福島県いわき市から前橋市に避難されてきている丹治杉江さんに、話を聞くことになりました。その講演会が、先週末にありました。

 丹治さんは、原発事故当時、原発から34㎞の福島県いわき市に住んでいましたが、事故直後、夫とともに会津へと避難し、その後、前橋市に自主的に避難されました。チェルノブイリ原発も視察し、現在、「フクシマ」の現状を訴えながら脱原発と被災者支援活動に、熱心に取り組んでいらっしゃいます。

 丹治さんは、講演の冒頭、3・11直後の様子を、次のように話しました。
 「町中がパニック状態・・・お父さんがいない!子どもが帰ってこない!家がつぶれた!電話が通じない、水道が出ない・・右往左往してやっとたどり着いた公民館で、知人と身を寄せ合ってオロオロ泣くばかり・・・夕闇に包まれた頃突然、原発事故による避難命令・・「とにかく逃げろ!」 しかし、どこへ逃げればいいのですか?連絡の取れない家族がいます!お金も着替えもない、どうすればいいのですか?放射能って?被ばくって?これからどうなるのですか?」

 避難命令に従って避難所に向って、人びとは移動します。その移動中に、そして避難生活のなかで、放射能が襲いかかりました。「高濃度放射性ブルームが2回にわたって押し寄せるなか、何も知らされない市民は小雪舞うなかを、子どもも年寄りも皆ペットボトルや鍋などを抱えて、凍えながら給水車まで歩いて命の水を汲みに行きました。高濃度汚染地帯へ避難し、数日暮らした親子の苦悩の責任はどこにあるのでしょうか」と丹治さんは絶句します。

 自衛隊や避難者が体育館や校庭に残っているという異常事態に関わらず、教育委員会は予定通り入学式・始業式をはじめました。そして、給食に地元産の牛乳や野菜を使用し、子どもたちはそれを食べました。親たちは今、このときのことを、強くつよく後悔しています。そして現在もまた、給食に福島県産の米使用に、教委は踏み切りました。親たちの抵抗は、子どもたちに弁当を持っていかせることです。

 そうした子どもたちは、どんなことを考えていたのでしょうか?子どもたちの書いた詩や手紙が紹介されました。「私は何歳まで生きられますか?」 「私たちに将来はあるのですか?」 「私は結婚しません」・・・。またお年寄りは、「私はお墓に避難します」と遺書を残して自ら命を絶った90代の女性のことが、話されました。
 私たち日本社会は、子どもたちの未来に絶望を与え、老人に自死への避難を強いてしまったのだと、丹治さんの話を聞いて、つくづく感じました。 

 講演では、福島とチェルノブイリの原発事故について、たくさんの貴重な写真を見ながら詳細に報告されました。そして最後に、丹治さんは次のように訴えました。

 「皆さん、どうかずっとずっと、福島とつながり続けてください。事故を風化させないで下さい。原発事故とエネルギー問題を考えることは、「人間の尊厳」を考えることです。「終わりの始まり」は人類の終わりではなく、「原発」と「核兵器」の終わりにしなければなりません。未来へ命のバトンを渡す責任は、今を生きるすべての大人にあります」。

 町の公民館に集まった29人の聴衆は、福島の現状に深い悲しみと強い怒りを感じながら、ただ多くの人たちが目に涙を浮かべ、丹治さんの話に聴き入りました。

(この記事は、丹治さんの講演会での話とレジュメから構成されています。)
 

 

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