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2013年8月13日 (火)

フランドルおよびアルザス、ロレーヌへの旅 -4-

 コルマール(7/22・月、アルザス地域圏オー・ラン県県庁所在地、人口6.7万人)

Img_8756_3  ランスをあとにコルマールへ向う。シャンパーニュ地方の農地はきわめて広く、360度どこを見ても地平線の彼方まで、ずっと耕作地だ。ビートやトーモロコシはいまだ青々と茂り、小麦や牧草は収穫作業がはじまったばかり。高速道路を走って3時間たち、変化の乏しい景色に飽きた頃、前方になだらかな山並みが見えてきました。ベルギーを発ってはじめての山、ヴォージュ山脈です。あの山の向こうがアルザスです。

Img_8804_1_2   アルザス最初の訪問地は、ライン河上流(アルザス南部)の中世都市コルマール。コルマールは中世、神聖ローマ帝国のもとでの自由都市として発展します。1354年には、アルザスの他の都市とともに「十都市同盟」を結び、帝国都市としての権益と自由を守ります。しかし神聖ローマ帝国とフランス王国が戦った30年戦争(1618~48)の結果、アルザスはフランスの領土となり、コルマールもフランスの都市となりました。
 アルザスの人びとは、フランス革命を経てフランス人として のアイデンティティを育んでいきますが、Img_9007_2 普仏戦争(1870~71)でフランスがプロイセンに敗北した結果、アルザスはドイツ帝国に割譲されコルマールはドイツ領となりました。20世紀にはいっても、独仏両国間でのアルザスをめぐる領土争いは止みません。
 1918年、第一次世界大戦でドイツ帝国が敗北、再びフランス領へ。1941年、第二次世界大戦でフランスがドイツに降伏、ドイツ領に。1945年、第二次世界大戦でのドイツの降伏により、みたびフランス領となり、現在に至ります。

Img_8776_2  コルマールの旧市街には、中世に建てられた建築物が、あちこちに残っています。コイフュス(旧税関・1480・左上)や聖マルタン祭式者教会(13世紀完成・右上)がその代表的な建物です。この教会の緑の格子模様の屋根に、コウノトリが巣を架けていました。丁度、巣の主が帰ってきたところでした。翌日、コルマール郊外の収穫後の麦畑で、5、6羽のコウノトリが餌をついばんでいるところを見ました。アルザスでは、コウノトリは幸せを運ぶ鳥、といわれ人びとに愛されています。
Img_8930 この街を魅力的にしているのは、なんと云っても木組み構造(コロンバージュ)の建物群です。太い木造の柱と梁などで軸組をつくり、軸組の空間を漆喰やレンガで埋めて壁をつくったもの。日本の東北地方の山々を連想させるヴァージュ山脈の豊かな森林が、こうした木造住宅の建設を可能にしたのでしょう。旧市街のどこを歩いていても、この建物を見ることができ、またアルザスのすべての街や村で、この木組み住宅を見ることになります。アルザスの景観にとっては、絶対に欠かせない要素のひとつです。
Img_9024 早朝、コルマールの旧市街を散歩しました。人も車もほとんどなく、ただ、道路清掃車がブラシで石畳をみがき、ゴミ収集車がレストランやカフェーの生ゴミを集めているばかりでした。生鮮市場では、野菜を積んだトラックが2,3台とまって荷を降ろしていましたが、売り場にはまだほとんど商品は並んでいません。その市場に隣接して、「小さなベニス」といわれる運河沿いの古い住宅地がありました。朝日が木組みのアルザス民家にあたって、一層美しさを際立たせていました。前日、この一角にあった小さな店で、すこし毒々しい色合いのソーセージを買いました。
Img_9016 市場の建物の隅に、壷からワインを飲む少年像がありました。「若いワイン製造者」(1867)。コルマールの彫刻家アウグスト・バルトルディの作品。この彫刻家の作品が、市内各所にありました。前日、コルマールの玄関口に立っていた大きな「自由の女神像」に驚きましたが、バルトルディこそまさに、ニューヨークの象徴である自由の女神像の作者だったのです。1876年、アメリカ独立100周年を記念して、フランスの人びとから贈られたもの。
Img_8961_2  コルマールの芸術作品といえば、グリューネヴァルト(1475~1528?)の『イーセンハイムの祭壇画』(1516)があげられます。今回の旅行で初めて知り、ウンターリンデン美術館に足を運び、手にとる近さから鑑賞しました。この祭壇画は、病院の付属教会に設置され、病気で死を前にした患者を慰め勇気づけるために描かれた、といいます。中央パネルの「キリストの磔刑」図のキリストの表情は力なく絶望し、その下段の十字架から降ろされたキリストの身体は、傷だらけで目を背けたくなります。Img_8953_1
 祭壇画の背面には、聖人たちの逸話を題材にした絵が描かれています。なかでもとびきり目を引いたのは、「アントニウスの誘惑」を描いたもの。聖アントニウスは、砂漠で修行中に悪魔の誘惑をうけ、奇怪な幻覚に襲われますが、熱い信仰心からその誘惑に耐え忍びます。この世の物とは思えない醜悪で奇怪な悪魔たちが、野獣や猛禽の姿を借りてアントニウスに襲い掛かります。ほぼ同時代のボスやブリューゲルの描く悪魔には、どこか憎めないユーモラスなところがありますが、グリューネヴァルトの悪魔たちは、反吐を催すほどに醜い。

 観光客の行き交う石畳の道路で、初老の男女のつれた人懐こそうなゴールデンレドリバーとすれ違いました。すると突然、この大型犬は娘のまわりでじゃれはじめました。彼女の腕時計に反射した太陽光が、石畳のうえで踊っていたのです。大型犬は、コイン大の光を無邪気に追っかけて、娘の周りをぐるぐる回っています。まわりに他の観光客も集まってきて、このパフォーマンスを楽しく見ていました。
 旅行中多くの犬たちと会う機会がありましたが、こちらの犬たちは、人にとって決して「危ない存在」ではありません。犬と飼い主の熱い信頼関係に感心しました。

   

 

 

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