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2013年8月24日 (土)

フランドルおよびアルザス、ロレーヌへの旅 -13-

パヨッテンランド(8/1・木、8/2・金、ブリュッセル郊外)

 今回の旅行の最後の訪問地ブリュッセル郊外のパヨッテンランドに行く途中、大学都市ルーヴェンに立ち寄りました。おもしろい彫像が、街のあちこちに建っていて、目を楽しませてくれます。そのなかに、まことに奇怪なブロンズ像がありました。左手に本をもち、右手のグラスからぼっかり開いた頭の中に、ビールを流し込んでいる。「フォンスケ(Fonske)」(ラテン語で「知恵の泉」の意味)という愛称で呼ばれ、学生を象徴しているのだそうです。大学とビールの街のウィットに富んだ彫刻です。Img_0854

 パヨッテンランドは、ブリュッセル南西郊外のゆるい丘陵地帯で、まわりにはのどかな農村風景が広がっています。ここが、最後の宿泊地になります。アルザスやロレーヌでは、比較的廉価なイビスなどのホテルに泊まったのですが、ここではフランドル風民宿といったらいいのか、簡素ながらお洒落なB&B様式のホテルに泊まりました。レストランでの3時間半にわたる絶品のコース料理とともに、娘からのプレゼントでした。深夜の1時過ぎまで、シャンペーンを楽しみました。Img_0866 最終日は、6,7年前に敷設されたというブリューゲル街道に向いました。ピーター・ブリューゲル(1525頃~1569)は、ブリュッセルに住んでいた晩年、たびたびこの地を訪れ、農民の生活や農村の風景を描きました。ブリューゲル街道は、ブリューゲルの描いた作品とその中にある教会や農家などの農村風景を発見して楽しもうというもの。 45㎞のサイクリングコースに19点のブリューゲル作品(レプリカ)が置かれているとのこと。 当初は、サイクリングで全コースを回る予定でしたが、気温が高くて断念。車で回りました。Img_0936_2 ホテルに最も近いポイントにいくと、「子供の遊戯」が描かれた看板がありました。早速、絵の中の教会や農家を探しましたが、それらしいものは見当たりません。ただ近くに、子供関係の施設がありました。そこで、建物の中にいた女性に聞きました。彼女の答えは、ブリューゲル作品に登場する建物として同定されているのは、コース出発点の教会だけ。「村おこしのために、有志の小父さんたちが、頑張っているのよ!」。
 出発点のシント・アンナ・ペーデ村に向いました。小さな村の中央に、2,3軒のカフェーとともにブリューゲル野外美術館の看板がありました。敷地内に入ると、作品「盲人の寓話」(1568)の看板ととんがり帽子の塔の美しい、小さな教会堂がありました。作品の中の「村の教会」と目の前の教会とを見比べます。すこし間をおいてから、なるほどそのようだ、と納得しました。ブリューゲル発見!ちょっとうれしくなりました。このシント・アンナ聖堂が、ブリューゲルの「盲人の寓話」の教会であると同定されたのは1969年のこ と。 Img_0926Img_0923_2   ブリューゲル街道は「盲人の寓話」の一作にとどめ、近くのガースベーク城へ寄りました。ブリュッセルから車で30分ほどのところに、こんな素敵な城があったのです。13世紀にブラバンド公国の城砦として造られたそうです。なかには、ブリューゲルの伯父(叔父?)が作ったというタペストリがあり、ブリューゲルの「バベルの塔」そっくりの作品もありました。ブリューゲルも、この城に足を運ぴ、ここからパヨッテンランドの農村風景を眺めたに違いありません。 Img_0952 

   シント・ニクラスにはじまりパヨッテンランドで終えた娘と私の「フランドル&アルザス、ロレーヌの旅」は、ここらでお仕舞い。旅行記を含め、1ヶ月以上もの間、日常から離れた世界に放浪したのですが、そろそろ元の生活に戻ります。2000㎞を超えるドライブでの運転と、ベルギー・フランス・ドイツ3カ国での通訳を務めてくれた娘と、留守中猫と2頭の犬の世話をしてくれた家内に、感謝。

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