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2013年8月11日 (日)

フランドルおよびアルザス、ロレーヌへの旅 -2-

 ブリュッセル(7/19・金)

Img_8373_1  2日目は、2009年にできたマグリット美術館とアール・ヌーヴォー建築を見学するため、ブリュッセルを訪ねた。マグリット作品は以前、上野の国立西洋美術館で開催されたベルギー王立美術館展(2006年秋)で初めて鑑賞し、強烈な印象を受けた記憶があります。是非、再会したい。またアール・ヌーヴォー建築は、娘の勤めるブリュッセルの店が、アール・ヌーヴォー様式の内・外装を施されていることから娘の関心が強く、主な建築物を見学してみることにしたもの。(写真:モン・デ・ザール庭園)

Img_8375_1  ブリュッセル中央駅からモン・デ・ザール庭園を経て王立美術館に向う途中、道路左手にこげ茶色の建物が目を引きました。出窓や庇(ひさし)に鋼を存分に使い、建物のコーナーや庇の先端、あるいはファサードの最上部などは、丸く曲線を描いてます。「典型的なアール・ヌーヴォー」と娘の解説。下の階は、レストランのようでした。このような建物が、のちに続々出てきます。

Img_8381_1  王立美術館の入り口を入り、連絡通路をとおってマグリット美術館に行きました。連絡通路には、王立美術館所蔵画家のものと思われる名前が、天井と壁一面にびっしりと書かれており、通路出口の上に、「ともだちになろう」と呼びかけています。
 ルネ・マグリット(1898~1967)は、シュルレアリスムを代表する画家としてよく知られていますが、その作品は具象的で、何が描かれているかは分かりやすい。しかし、あの奇妙で時として気持ちが悪くなるような作品の意味していることを考えると、気分が塞がる。Img_8382jpg__1 そのような作品を鑑賞しつつ、あの作品はどこにあるのだろうか、この日に展示しているのだろうかと心配になり始めて数分後、最後の小さな展示室に、それはありました。「光の帝国」(写真)。7年ぶりの再会です。昼間を思わせる青空と、森のなかにひっそりと建つ瀟洒な白壁の家。玄関ポーチの白い灯りが、家の前の湖面に映って、美しさを際立たせます。二階の窓辺のオレンジ色の灯りは、家庭のぬくもりを感じさせます。いまにも、家人の人影が通りすぎていくようです。初めてこの作品を見たとき、空の「青」と森と家の「黒」、つまり「光と闇」のコントラストに、画家の意図を汲み取ろうとしました。しかし、昨日のブログに掲載した教会の尖塔の写真にあったように、夏場の夜9時過ぎのこの地の空は、丁度、「光の帝国」の空の色ではなかったか。同時刻の深い森のなかは、あの弱い光のもとで、闇へと進行しつつあったのではないか。この作品は、シュルレアリスム作家によるきわめてリアルな作品だと思えるのです。この作品の特大のポスターを買って、美術館をあとにしました。 

Img_8390_1   午後は、アール・ヌーヴォー建築の見学ツァー。アール・ヌーヴォーは、19世紀末から20世紀始めにかけてヨーロッパで生み出された新しい芸術様式。ロココやバロック、あるいは日本やイスラムなどの影響をうけて、建築、家具、ガラス器、宝飾品、絵画、彫刻など広範囲の分野で「新しい芸術」を生み出しました。芸術の範疇が、工芸品や建築にまで拡大しました。植物や昆虫をモチーフとしたデザイン、曲線や円環の多用、鉄やガラスなどの新素材の利用などを特徴としました。
 
Img_8388_1_3 アール・ヌーヴォー運動の中心のひとつブリュッセルでは、建築家ヴィクトール・オルタ(1861~1947)の建築物を見ることにしました。王立美術館から市電(トラム)に乗り車中、オルタ美術館への道を運転手に聞いていたところ、ひとりの女性が案内を買って出てくれました。この親切に、ブリュッセル市民にとってオルタは、自慢のひとつなんだと了解しました。オルタ作品は、自宅だったここだけが見学可能で、他は私邸のためファサードを見るだけとなります。写真の右側2軒にあたる部分がオルタ邸(美術館、1901)です。Img_8391_1
 ブリュッセルの市街地は、間口が狭く奥行きが長いウナギの寝床型。だから、住宅の外装は、ファサードの構造と装飾に限定されます。写真上のドアのデザインは、厚いガラスのうえを、鉄が枝や蔓のように伸びています。またドアの取っ手は、まるく湾曲している。建物内部は撮影不可だったので、詳しい紹介は困難ですが、階段・敷居・壁・窓などの建物内部の構造物も、テーブル・椅子・タンスなどの家具類や照明器具も、そして飾られた花器や置物や絵画なども、そのデザインは植物的・有機的モチーフに徹底されており、直線ではなく曲線が圧倒し、優雅で贅沢な空間をつくりだしていました。19世紀末ヨーロッパのブルジュア階級の豊かさを、つくづく実感しました。この時代のベルギーは、工業が大きく発展し植民地コンゴからの富の収奪もあり、空前の繁栄を謳歌していました。

   オルタ邸でアール・ヌーヴォーの真髄のようなものを体感した後、他のオルタ作品を中心にブリュッセルの街なかを見て回りました。オルタ作品をふたつ紹介します。

  タッセル邸(1893)。優雅な曲線を描く張り出し窓が印象的でした。タッセル邸は、最初のアール・ヌーヴォー建築とみなされ、建築史上最も重要な作品だといわれます。

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ソルベイ邸(1894)。施主から完全に設計・施行を任されたオルタは、贅沢な素材を使って、理想的な住宅を造りました。バルコニーの手摺りや並行した2本の細い柱など、心憎いばかりの優美さでした。Img_8403_1_3

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