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2013年12月 5日 (木)

ハンナ・アーレントの「凡庸な悪」

 先週、話題の映画『ハンナ・アーレント』を観ました。会場の岩波ホールには、上映開始30分前に着きましたが、すでに満席近く客が入っており、この映画の人気ぶりをうかがわせました。20世紀のある思想家を描いた映画が、なぜこれほどまでにうけるのか、ちょっと不思議な感じがしました。

 主人公は、第二次世界大戦のさなか、ナチスの強制収容所から脱出し、アメリカに亡命したドイツ系ユダヤ人の思想家ハンナ・アーレント。彼女は、1960年代はじめ、ユダヤ人の強制収容所への移送責任者、アドルフ・アイヒマンのエルサレムでの裁判を傍聴し、その報告記事をアメリカの雑誌に発表しました。アーレントの記事は衝撃的で、欧米やイスラエルで大きな論争を巻き起こし、特にユダヤ人社会から猛烈な非難を受けました。
 映画は、このアイヒマン裁判という事件(そこには勿論、ナチスの犯罪という史実も含まれる)を縦糸に、ハンナ・アーレントの思索と行動(若き日のハイデッガーとの恋愛、ユダヤ人シオニストやコミュニストとの友情と論争、夫との日常生活、そして大学での講演など)を横糸に織り成され、アーレントの思想を映像化するのに成功した、といえそうです。

 アーレント非難の要点は、アーレントによる「ユダヤ人組織がナチスに協力した」という指摘と「アイヒマン擁護」の二点でした。
 前者のユダヤ人組織の対ナチス協力については、雑誌編集者が会話の中で、アレント報告を引用します。「ユダヤ人居住地には指導者がいた。彼らは、ほぼ例外なく・・・何らかの形でナチに協力していた。ユダヤ人指導者は確かに困窮を防いだ。一方で、その指導者がいなければ死者も・・・450万から600万まではいかなかっただろう」。「ユダヤ人にとって、同胞の破滅に指導者が果たした役割は、暗黒の物語における、最も暗い一章だ」。ナチスによるユダヤ人絶滅作戦の被害者はすべてのユダヤ人だ、と信じていたユダヤ人社会にとって、ユダヤ人組織や指導者がナチスに協力していたという指摘は、大きな衝撃でした。
 アーレントは、裁判でアイヒマンを観察しその証言に耳を傾けるなかで、アイヒマンという人物の真実の姿を発見するに至ります。「凶悪とは違う。・・・ガラスケースの中の幽霊みたい(法廷では防弾ガラスに護られていた)。・・・不気味とは程遠い、平凡な人。・・・法律に従っただけ。・・・自分では手を下していない。・・・ユダヤ人に憎悪はないと主張している。・・・人を死へと送り込んだけど、責任はないと考えている。・・・・・」とのアーレントのアイヒマン像は、アイヒマン擁護として厳しく非難されました。
 しかしアーレントは、出世だけを夢見る平凡な男アイヒマンが、何故、数百万人に及ぶユダヤ人殺害に関わったのかを、自らに問います。
 ナチスによる「強制収容所は、被収容者に対して無用の存在だと思い込ませ、殺害しました」。それは、全体主義の最終段階に現れた「根源的な悪」だ、とアーレントは講義で語ります。しかし、アイヒマンの悪は、この根源的な悪とは違う。「アイヒマンには悪魔的な深さがない」。高まる「アイヒマン擁護」批判に対し、アーレントは講演で、次のように反論しました。この映画のクライマックス・シーンです。
 「ソクラテスやプラトン以来私たちは“思考”をこう考えます。自分自身との静かな対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。過去に例がないほど大規模な悪事を・・・」。そしてアーレントは、アイヒマンの悪を、「凡庸な悪」と呼びました。

 ここまで書いて、参院安保特別委員会での特定秘密保護法案強行採決のニュースを知りました。居ても立っても居られない気持ちでした。ネットで「特定秘密保護法反対 群馬」で検索すると、夕方5時半から前橋駅前で、秘密保護法案反対の街頭宣伝活動があることを知りました。早速、前橋駅へ向かいました。
 前橋駅北口ロータリーの一角で、共産党ののぼりを立てた10人前後の男女が、「秘密保護法案ストップ」と書いたビラを、帰宅途中の人びとに手渡していました。「ビラを配らしてください」と申し出て一掴みのビラを受け取り、飛び入りで道行く人びとに配りはじめました。ほとんどの人が、受け取りません。たいがいの人が無視します。片手を振って「いらない」と意思表示する人も多い。なかには赤裸々に迷惑顔をする人もいます。しかし、10人に一人いるかいないかの人びとが、ビラを受け取ってくれました。思わず「ありがとうございます」という言葉がでてきました。そして1時間ほどの間に、30枚ほどのビラを手渡すことができました。
 道行く人びとの多くが、「秘密保護法」について無関心を装っていることが、大変気になりました。ハンナ・アーレントの「思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです」という言葉を思い起こしました。そして今、日本の政治が、凡庸な政治家たちによって、戦争という道(根源的な悪)に一歩駒を進めたことを、痛感します。アイヒマンに「凡庸な悪」を見出したハンナ・アーレントを主人公とした映画が、多くの人びとを魅了しているのは、このような政治情況の反映なのかもしれません。

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