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2014年4月30日 (水)

「ジャック・カロ リアリズムと奇想の劇場」展

Img_0311_2   先週末ひさびさに、上野の国立西洋美術館へいってみました。お目当ては、17世紀はじめロレーヌ公国の首都ナンシーで活躍したジャック・カロ(1592-1635)の銅版画展。土曜日でしかも午後から講演会も予定されていたので、大勢の人出を予想して出掛けたのですが、幸い入場者は少なくゆっくりと鑑賞することができました。美術ファンの多くが、国立博物館の「キトラ古墳壁画展」や東京都美術館の「バルテュス展」へ向ったようです。
(写真はナンシーのロレーヌ宮近くに建てられたジャック・カロのブロンズ立像。)

 私がジャック・カロをはじめて知ったのは、20年ほど前にみたゴヤの版画集『戦争の惨禍』(1863出版)をとおしてでした。ゴヤは、カロの銅版画『戦争の悲惨』(1633出版)にインスピレーションをうけてその作品を完成した、といわれます。そのカロの連作『戦争の悲惨(大)』18葉が今回、揃って展示されました。傭兵たちによる農家や修道院の略奪と破壊、犯罪者や敵兵の絞首、銃殺、車裂きによる処刑、さらに傭兵に対する農民たちの復讐のシーンが、リアルにかつドラマチックに、刻み込まれています。カロの時代の戦争、かのデュマの『三銃士』たちが活躍した30年戦争の記憶が、銅版画によるドキュメンタリーによってよみがえります(昨年5月の「里山のフクロウ」の小文「銅版画に記録された3つの戦争」参照)。

  昨夏はじめてナンシーを訪れたとき、ジャック・カロがラ・トゥールやエミール・ガレとともに、当地の人びとにとって郷土の生んだ誇るべき偉大な芸術家であったことを再確認しました。美術館には、ラ・トゥールやガレと同様にカロ専用の個室があり、刷られた銅版画とともにカロが刻んだ銅版そのものが展示されおり、思わず引き込まれました。Img_0081_3Img_0079_4またガレのガラス作品の中には、カロの「小さな道化」や「乞食」たちが複製されており、ガレが200年以上も前の郷土の先輩芸術家に対して、親愛と尊敬の気持ちを持っていたことをうかがわせます。この旅行によって、私のジャック・カロへの関心はさらに、高まりました。。

 今回は、上記の『戦争の悲惨』を含め国立西洋美術館が所蔵する400葉のなかから220葉が展示されました。そのなかから、特に興味を引いた3葉について、紹介します。なおカロは、生涯をとおして1400枚の銅版画を制作した、といわれます。

Img_0002_1                 『二人のザンニ』1612年頃 エッチング
 16世紀中頃からイタリアで大流行した即興喜劇、コメディア・デラルテのひとつザンニ座の役者による奇妙で大仰な大道芸が刻まれています。この即興喜劇では、役者たちは大体の筋書だけを与えられ、あとは機転と機知に富んだ即興のセリフやパフォーマンスがとびだし、見物客はおおいに喜んだそうです。右の役者は、鋭い爪先を相手に突き刺して攻撃的であり、左の役者は、逃げ腰ながら反撃の機会をねらっている。二人の役者はともに、隆々たる裸体をさらしきわどく強調された臀部や腹部は醜悪で、眼鏡のような仮面をかぶった顔貌とともに、グロテスクそのもの。引き締まった足首と高く爪先立ってバランスを崩さない運動能力は、常人を超えています。彼らの即興喜劇は、当時のイタリアの祝祭空間に欠かすことのできない存在でした。コメディア・デラルテは、王侯貴族と庶民が一緒になって見物した、とあとの講演で説明されました。室町時代、能楽を武士や庶民が一緒に観劇したのと同じことです。 

        Photo_2                『インプルネータの市』1620年 エッチング
 この日は、西洋美術館のウェブサイトのすすめで、虫眼鏡持参ででかけました。その威力が最も発揮された銅版画が、この『インプルネータの市』です。画寸は395×673㎜で、カロの大型版画のひとつです。画材は、フィレンツェの南方12㎞のところにあるインプルネータ村の秋祭り(聖ルカの祝日)に集まった人びと。なんとこの中に、1138人の男女と45頭の馬、67頭のロバそして137匹の犬が描き込まれている、ということです。
 さて、持参の虫眼鏡で細部を見ていくことにします。
 まず画面右側の大樹のもとで、一段と高い台の上から二人の男が、大勢集まった見物客に向かって大声で口上を述べています。右の男は蛇を腕に絡ませ、左の男は箱からインチキ薬を取りだし売り込みに懸命です。最前列に陣とった若い女は、虫眼鏡の向こうで、大声で笑いながら口上に聞き入ってます。横の夫婦者は買おうかどうか相談します。両手を広げて口上をやじっている男がいます。貧しい服装の農民たちは前列に並び、後ろには馬上の貴族たちが、聞き耳をたてています。
 背後では、歯医者が見物人を集めて抜歯中。前景画面の中ほど、男たちの飲んでいるワインは、トスカーナのキアンティか。左隅の建物の中の店は陶器屋、その前は立食の屋台で多くの男女が飲み食いに忙しい。ロマ(ジプシー)の手相占いのお客から、子供が財布を掏りとろうとしています。犬使いと鷹匠の大小コンビや障害者を台車に乗せて引っ張る男は、前景の左寄り。左隅建物の五階あたりの壁面には、男が屋上から綱で引っ張られ、よじ登ろうとしています。どうしたのでしょうか。中景の左よりの広場では、後手に縛られた男が、絞首台から吊り上げられています。そのまわりを野次馬たちが取り囲んで見物。中景から後景にかけての広場にはテントがいくつも張られ、物売りや見世物などが客を集めています。豆粒ほどに小さく見える後景右手で、四人づつの男女が、フォークダンスを楽しんでいます。教会の前では、民衆の無関心を余所に、十字架を先頭にした聖職者たちの聖体行列が行われています。
 このあたりまでは、テキストを参考にしながらですが、読み取ることができました。この銅版画を見始めてすでに30分は経とうとしています。すこし疲れました。しかし、虫眼鏡の向こうでうごめくイタリア・ルネサンスの民衆の姿は、見飽きることがありません。カロによって刻まれた民衆は、ピーター・ブリューゲルの民衆に負けず劣らず、魅力いっぱいでした。

Img_0008_1         『聖アントニウスの誘惑(第2作) 』部分 1635年 エッチング 
 ヒエロニムス・ボスやブリューゲルと同様、カロの作品にも人とも動物とも知れぬ魔物が跳梁跋扈する世界が登場します。『聖アントニウスの誘惑(第2作) 』がそれ。312×460㎜の画面いっぱいに、この世のものとも知れぬ悪魔たちが、ぞろぞろと蠢き、跳びはね、飛翔しながら、聖アントニウスに対して執拗に攻撃を仕掛けています。
 聖アントニウス(251-356)は、エジプトで生まれ長じて荒野の隠者となったカトリックの聖人。彼は、神のお告げで持ち物をすべて貧しい人びとに分け与え、南エジプトの荒野に出で、隠遁生活を始めました。しかし、神への神秘的な情熱にかかわらず、悪魔たちの世俗的な誘惑が日夜彼を苛みます。
 「あるとき、アントニオスが墓穴で寝ていると、そこに大群の悪霊が押しかけてきて、彼を殴ったり、引きずりまわしたりした。彼の下男は、てっきり死んだものと思って、彼を肩にかついで帰った。すると、友人たちもみんな彼のまわりに集まって、死んだものとばかり思って嘆き悲しんだ。ところが、みんなが眠ってしまうと、アントニオスは眼をさまし、下男にもう一度墓穴へかついでいってくれと頼んだ。彼は傷の痛みのため墓穴に横になっていたが、それでも精神の力で悪霊たちをもう一度呼びだした。悪霊たちは、さまざまな身の毛もよだつ動物の姿をしてあらわれ、角や歯や爪で無残に彼を引っ掻きまわした。が、そのとき突然、あかるい一条の光がさしてきて、悪霊たちを残らず追い払った。アントニオスは、たちまち元の元気な姿に戻った。そこで、キリストが臨在されていることをさとって、「主よ、最初のときはここに来てくださいませんでした、わたしを助けてくださらず、傷も治してくれませんでした。どこにおられたのですか」と言った。主は答えられた、「アントニオスよ、わたしはあなたのそばにいた。あなたの戦いぶりを見たかったのだ。あなたはほんとうに雄々しい戦いぶりを示した。わたしはあなたの名声が世界中に大きくなるようにしょう」。
 この文章は、中野孝次によって引用されたキリスト教聖人列伝である『黄金伝説』(ヤコブス・デ・ウォラギネ著 1267完成)の一節です(中野孝次著『ヒエロニムス・ボス「悦楽の園」を追われて』小学館 1999刊)。この引用のあと、中野は「当時の画家たちはこれを読んでそれぞれに野心的に想像をめぐらせたのだ」と指摘します。その画家たちの中に、ボスとブリューゲルと、そして銅版画家カロがいました。
 カロの『聖アントニウスの誘惑(第2作) 』に戻ります。
Img_00084 天空をおおう大悪魔のもと、無数の小悪魔たちが甲冑をつけ槍や銃をもって、執拗にアントニウスを攻撃しています。奇妙な大砲のような怪物は、尻を槍でつつかれ数本の矢や剣をいっせいに放ち、その一本が大砲のすぐ前にいた小悪魔に命中し、絶命させます。巨Img_00082獣の骸骨の山車に乗った裸の女は、大胆にも四肢をひろげてアントニウスを誘惑します。一匹の悪魔は、空中を飛んでいた怪物の背に乗り、尻に矢を差し込みます。甲冑に身を包んだ鶏のような小悪魔は、手にランタンをもって前方のアントニウスを照らし出そうとしています。前景右手から、四足でにじり寄ってきたImg_00081 人とも犬とも知れぬ小悪魔は、奇妙奇天烈な化け物です。このほか、尻に入れたラッパを放屁で演奏している小悪魔、しかつめらしく読書をする羊顔の怪物、進軍する槍歩兵の掲げた軍旗は剥がされた小悪魔の皮です。          
 『黄金伝説』に想を得た芸術家の想像力は、はるかに伝説を飛び越えて、奔放な展開を見せています。ルネサンスのひとつの表徴といっていいのかもしれません。そしてカロの時代、ロレーヌ公国はたびたび外国軍隊の侵攻を許し、人びとは傭兵たちによる略奪や暴力の犠牲となりました。版画家は、この悲劇をじっと観察しつづけていたに違いありません。そして一方で、ドキュメントとして『戦争の悲惨』を制作し、他方で、ロレーヌのさらなる悲劇を予感する黙示録として『聖アントニウスの誘惑(第2作) 』を制作したといえるのではないでしょうか。

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