『琉球新報が伝える沖縄の「論理」と「肝心」』を読む
沖縄では、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設にともなう海底ボーリング調査が、着手されようとしています。昨年末、仲井真弘多知事は「県外移設」公約を破棄し、大多数の県民の意思に反して、政府による辺野古埋め立て申請を承認しました。そして沖縄防衛局は、埋め立て工事開始に向けた重要なステップとして、海底ボーリング調査を始めようとしています。これに対して、辺野古移設に反対する多くの市民が、梅雨の明けた炎天下のキャンプ・シュワブ前で、粘り強く監視と抗議の活動を行っています。この市民活動は、小説家・目取真俊氏のブログ「海鳴りの島から」や市民有志編「辺野古浜通信」によって、知ることができます。
こうした沖縄の市民による抗議運動を、オーストラリアの歴史家ガバン・マコーマック氏は、次のように評しました。
「過去16年間の「普天間基地移設問題」をめぐる抵抗の歩みから日本、そして東アジア全体や世界全体が学べることがある。それは人間が「市民」として生きるということはどういうことなのか、ということである。それは自分たちのことは自分で民主的に決め、基本的人権が保障された平和な暮らしを送る権利を行使しょうとする市民の姿、また、軍国主義の惨禍を忘れず、その罪を二度と繰り返させないという決意をもってたたかう市民の姿である。」(マコーマック+乗松聡子著『沖縄の〈怒〉』p.256)
またG・マコーマック氏は、別の著書で、次のようにも云ってます。
「沖縄は市民による非暴力の政治抗議運動が行われている並はずれた実例です。島ぐるみの運動は、世界一番と三番の大国による東シナ海のさらなる軍事化が進むことを防いでいます。」(ジョン・W・ダワー、G・マコーマック共著『転換期の日本へ』p.300)
G・マコーマック氏によって「世界全体が学べる」と評された沖縄の市民による抵抗運動を知るうえでまたとない好著が刊行されました。琉球新報社論説委員会編著『琉球新報が伝える沖縄の「論理」と「肝心」』(高文研 2014/5/15発行)が、それです。(沖縄言葉で「肝心」(ちむぐくる)は「心の奥底にひそむ想念(おもい)」)
本書は、2007年から2014年までに琉球新報に掲載された社説16編と特別評論6編から編成され、この7年間における日本政府による露骨な沖縄差別政策とそれに抗する沖縄県民の闘いを、振り返っています。それはまさに沖縄県民がみずから、沖縄の地に平和と民主主義を実現していこうとする現実的かつ崇高な闘いです。ここでは、沖縄県民による非暴力抗議運動のなかで、もっとも象徴的でしかも際立った力量を示した、4回の「県民大会」に関する社説を取り上げます。
2007/9/29の社説「教科書検定意見撤回を求める県民大会 歴史わい曲は許さない 結集し撤回への総意を示そう」
文科省による高校歴史教科書検定で、沖縄戦の「集団自決」記述から日本軍の強制・関与が削除・修正されたことに対する抗議の声は、県子ども会育成連絡協議会会長の怒りの電話に端を発し、県婦人連合会、PTA連合会が結束、さらに沖縄県内外へと異例の広がりを見せ、9月30日日曜日の県民大会へと結集していきました。県民大会には11万6000人の参加者が、会場の宜野湾海浜公園に集まりました。人口140万人のうち8%の人びとが集まったのです。大会前日の社説は、沖縄戦における「集団自決」が日本軍の関与なしには起こり得なかったこと、そして県民の総意として教科書検定意見撤回と「集団自決」記述の回復を主張しました。この大会は、政府が沖縄県民に広くかつ深く浸透している「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦の教訓を、教科書検定によって忘却の淵に追いやろうとしたのに対し、沖縄の市民が圧倒的な力を結集して押し返そうとした画期的な運動でした。
2010/4/26の社説「普天間基地の閉鎖・県外移設を求める県民大会 基地なき島へ新たな始動 未来に誓った約束の重み」
前年の2009年夏、普天間飛行場の「国外・県外移設」を掲げた民主党鳩山内閣が誕生しました。しかし政権発足直後から、鳩山首相は、対米従属に固執する閣僚や外務官僚あるいは大手メディアから執拗な攻撃にさらされて動揺し、このため普天間飛行場の「国外・県外移設」の契約履行は、危機に曝されました。こうしたなか、沖縄県民は「県外移設」に向けた運動を、党派を超えて果敢に展開しました。まず2010年1月、名護市長選で県内移設に反対する稲嶺進氏を当選させました。そして4月25日、読谷村運動広場に10万人近い県民を結集し、「普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外に移設を求める県民大会」を開催しました。前者が、間接民主主義によって県民意思を表明したのだとすれば、後者は、直接民主主義によって「県外移設」の決意を内外に示すものでした。この社説は、この県民大会翌日に掲載されました。大会の熱覚めやらぬまま、社説は冒頭に、次のように述べました。
「「民主主義は与えられるものではなく、奪い勝ち取るもの」。日本の教科書にはないが、そんな歴史を沖縄県民は先人から学んだ。」
そして、県民大会に参加した人びとの共通の願いと誓いを、次の文言に集約しました。「次代の子どもたちに米軍基地の被害と負担を残さないこと。私たちの世代で基地被害や基地依存から脱却し、明るい未来を描く真っ白なキャンバスを残すこと。」
しかし周知の通り、沖縄県民の闘いにかかわらず、鳩山首相は「県内移設」に回帰し、鳩山内閣は崩壊しました。
2012/9/10の社説「オスプレイ配備に反対する県民大会 差別と犠牲の連鎖断とう 沖縄の正当性は自明だ」
垂直離着陸輸送機オスプレイは、試作段階と実戦配備後ともに、墜落事故をくり返し起こし、多くの死傷者を出しました。沖縄県民の圧倒的多数は、オスプレイの県内配備を人命と人権の脅威と認識し、反対しました。また県知事、県内41市町村の全首長と全議会が明確に反対しました。そして9月9日の宜野湾市での県民大会には、10万1000人が参加し、「オスプレイ配備は断じて容認できない」「沖縄はこれ以上の基地負担を断固拒否する」と決議しました。社説は、この大会において「差別」や「犠牲」の強要が繰り返し訴えられたことを、指摘します。国土の0.6%の沖縄に米軍専用基地の74%があることの不条理、米国内では環境影響評価によって訓練計画を撤退し(ハワイ)、住民要求で訓練を延期した(ニューメキシコ州)こと、そして国民の命と暮らしを守るべき日本政府は、「配備は米政府の方針で、日本がどうしろこうしろという話ではない」(野田首相)と公然と責任放棄したことが、大会参加者のうえに圧し掛かっていました。社説は訴えます。「近現代史に連綿と続く差別と犠牲の連鎖を断とう。大会の成功を、そのための出発点にしたい。」
しかし県民大会から3週間後の10月1日、米海兵隊のオスプレイは強行配備されました。翌日の社説は、このことを「日米両政府による民主主義の破壊、人権蹂躙にほかならない」と断じ、次のように日米両政府に強く警告しました。
「普天間飛行場の一日も早い閉鎖・撤去を求める県民の決意は揺るがない。オスプレイの配備強行により、県民の心は基地全面閉鎖、ひいては日米関係の根本的見直しという方向に向うかもしれない。
県民は沖縄に公平公正な民主主義が適用されるまで、あらゆる合法的手段で挑戦を続けるだろう。日米は人間としての尊厳をかけた県民の行動は非暴力的であっても、決して無抵抗ではないと知るべきだ。」
2013/4/28の社説「『主権回復の日』に抗議する『屈辱の日』沖縄大会 真の主権をこの手に 民主主義の正念場だ」
1952年のサンフランシスコ講和条約発効から61年を迎えた4月28日、政府は「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を東京・憲政記念館で開催しました。この日は、沖縄にとっては日本から切り離された「屈辱の日」として記憶されつづけ、東京の祝賀式典と同時刻に、宜野湾海浜公園で「屈辱の日」大会が開催されました。東京では、安倍首相が「日本を日本人自身のものとした日」として4.28を祝い、「テンノウヘイカバンザーイ」と参加者とともに唱和しました。一方沖縄では、1万人の県民が集まり、東京の記念式典は再び沖縄を切り捨てるものだと抗議しました。社説は、式典開催を機に安倍首相の目指す「戦後レジームからの脱却」や「天皇の政治利用」が危惧される、と指摘しました。そして最後に、日米両政府や国民に対して、次のような警告と問いかけをしました。
「(沖縄)県内では日米による基地維持政策を「植民地政策」と捉え、沖縄の真の主権回復には独立や特別な自治が必要との意見も増えている。日米はこうした事態を真摯に受け止め、米軍基地の過重負担や人権蹂躙状況の解消に努めるべきだ。
本土の政治家、報道機関、国民にも問いたい。
沖縄で国が民意を無視している。民主主義が否定され、人間の尊厳も傷つけられている。これは対岸の火事か。」
果たして、その後の日本の政治は、琉球新報・社説が警告したとおりに進んできました。国家安全保障会議の創設、特定秘密保護法の制定、武器輸出三原則の廃棄、集団的自衛権行使容認の解釈改憲と、矢継ぎ早に「戦後レジームからの脱却」が実現しつつあります。そしてそれらは、米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けた政府の強硬な態度とパラレルに進んでいます。
しかし、今年1月の名護市長選挙では稲嶺進氏が前回以上の票差で再選され、地元名護市の民意が「辺野古移設拒否」であることを再確認しました。そしてこの秋には、県知事選挙をひかえてます。普天間飛行場「県外移設」の公約破棄した現職知事・仲井真弘多氏の苦戦が予想されています。沖縄はもちろんのこと、日本と世界の目が、沖縄知事選挙に注がれようとしています。「歴史歪曲を許さず」「普天間飛行場の県外移設」と「オスプレイの沖縄からの即時撤去」を求め、真の主権回復と基地のない平和な沖縄の実現を目指す、保革を超えた広範な支持層からなる候補者擁立の成功を祈念するばかりです。沖縄知事選挙の結果は、その後の日本の政治の動向に、決定的な影響を与えるものだと予感します。
ひとりでも多くの方たちに、この本を読んでいただきたい。
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