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2015年3月 3日 (火)

写真展・飯舘村パートⅡ

 先週末の3日間、町の文化会館で「写真展・飯舘村パートⅡ」を開催しました。昨年に引きつづき、酪農家・長谷川健一さんの写真を通して、福島県飯舘村の「その後」に向き合い、「フクシマを忘れません!」「原発再稼働を許しません!」という私たちの気持を再確認するための、ささやかな活動の一つでした。Img_6008

 事前準備で最も大切なのは町民への宣伝ですが、昨年の経験を踏まえ、できるだけ多くの方々に来ていただくように、チラシの手配り、昨年の来場者への葉書での案内、ポスターの掲示、新聞イベント欄への掲載などに取り組みました。チラシ配布は手間が掛かり、葉書投函はお金を要し、ポスター掲示は場所を選びます。いずれも小人数の世話役だけでは、なかなか苦労が多い。いきおい新聞イベント欄への期待が、大きくなります。
 昨年は、上毛・東京・朝日・毎日の4紙が快く掲載してくれ、町内外から多くの人びとが新聞を見て来場されました。今回は、東京新聞が昨年同様、取材の上、群馬版の記事として取り上げ、上毛新聞は依頼FAXをみて電話をくれ、イベント欄に掲載してくれました。しかし、朝日には掲載されませんでした。毎日は未確認。Img_5991_2 初日と二日目は、昨年と比べ来場者が少なく、思わず不安感が忍び寄ってきました。そうしたなか、以前住んでいた町の古い友人たちの来場は、気を取り直すに十分の出来事でした。90歳になる女性は、私の顔を見て思わず「あら、お元気でしたか。頑張ってるわね!」と励ましてくれました。懐かしい顔がつぎつぎに現われ、まるで同窓会の様相でした。静まり返っていた会場は、一気ににぎやかになりました。Img_5985_2 展示会場の部屋の中央には、応接用の椅子とテーブルを設え、ほうじ茶とお茶請けの菓子を用意しました。入場者の滞在時間を、少しでも長くするための工夫でした。多くの人びとが写真を見たあと、お茶を飲みながら感想を話し、アンケートを書いていました。私もできるだけ椅子に座り、来場者の話を聞くことにしました。人びとは一様に、福島被災地への同情と原発再稼働への怒りの気持を表しました。Img_5975 70代の男性は熱心に、写真を指差しながら、高校生のお孫さんに「飯舘村」の現状を説明しました。福島県の浜通りを故郷とする方で、過日飯舘村を通って故郷(いなか)へ帰ったとき、そこは「死んだ町としか云いようがない光景に涙して帰ってきました。同郷生まれの私には、耐えられぬ思いでした」と感想文を寄せました。
 50代の女性は、次のような感想を記しました。「生活のすべてが奪われるということ。除染は無理、どう考えても・・・。とんでもないことが起こりつづけています。この時代を生きていく責任を、自分に問いつづけていかなければならないと思います。」Img_6011_2 事故後、福島市から当地に移り住んだという30代の女性の感想文。「最近では、原発のニュースを目にしない日があります。自ら見ようとしないと、情報を得ることがないように思います。このような写真展が開かれることで、多くの人に現状を知ってもらったり、忘れないでもらうことができると思います。私たちも原発事故後、いろいろな問題を抱え、悩みながらいますが、飯舘村の方々にも、解決の道が訪れることをお祈りいたします。」
 前回も来たという10代の女性は、次のように書きました。「飯舘村がどのように変化しているのか知りたくて、もう一度足を運びました。住民同士の交流の様子など、少し明るくなったように感じて、正直ほっとしました。けれど、国の放射線の処理、測定のいい加減さも見えた気がします。テレビなどメディアでは知ることのできない真実が知れました。」
 このほか、原発の再稼働をいそぐ政府に対する怒りの声が、多数寄せられました。Img_6012 福島第一原発事故が犯した最も重い罪の一つは、日本社会と世界のすべての人びとから、大地震と巨大津波による2万人近い死者に対する静かな「鎮魂の時」を奪ったことだと思います。人びとは、巨大津波による被災に衝撃を受け、懸命に心鎮めて死者を弔おうとしました。しかし、原発事故は、人びとの静かな祈りの時を奪い憤怒の時に変えてしまったのです。会場には、2011年3月12日から3月21日までの朝日新聞一面を掲示し、東日本大震災の写真集を置きました。会場を訪れた人びとは、これらの写真や記事にも、注意深く見入っていました。「3・11」祈念行事の意味は、大地震と巨大津波による犠牲と原発過酷事故による犠牲の双方を記憶しつづけていくことだと思います。Img_5998 飯舘村をテーマとした長編ドキュメンタリーを、会場で放映しました。多くの来場者が、70分から90分ものあいだ、途中席を立つことなく最後まで見つづけました。
 

 







 

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