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2015年3月20日 (金)

安倍首相の「戦後70年談話」と「前事不忘、後事之師」のこと

 今から40数年前、日本社会は日中国交回復を契機に、空前の中国ブームに沸き立っていました。そうした折私は、当時高校教師をしていたマルクス思想研究者の内田弘さんから、竹内好著『中国を知るために 第一集~第三集』を読むことを薦められました。この本は、日本政府が米国の中国封じ込め政策に従っていた1963年から日中国交回復が実現した1972年までの10年間、著者が毎月1回雑誌『中国』に投稿しつづけたエッセーを集めたもので、内容は「もちの話」「漢文をどうするか」「郵便制度のこと」など、中国または日中関係についての千差万別の話題におよんでいます。

 この本の最終章は「前事不忘、後事之師」と題され、日中国交会談に先立つ宴席での両国首脳の挨拶を題材に取り上げています。安倍首相の「戦後70年談話」をめぐる日中両国政府の対立の構図が、すでにここにみられます。

 まず周恩来首相の挨拶から。

 「しかし、1894年から半世紀にわたって、日本軍国主義の中国侵略により、中国人民はきわめてひどい災難をこうむり、日本人民も大きな損害を受けました。前の事を忘れることなく、後の戒めとする(前事不忘、後事之師)といいますが、われわれはこのような経験と教訓をしっかり銘記しておかなければなりません」。これに対する田中角栄首相の挨拶は、次のとおり。
 「しかるに、過去数十年にわたって、日中関係は遺憾ながら、不幸な経過を辿ってまいりました。この間わが国が中国国民に多大のご迷惑をおかけしたことについて、私はあらためて深い反省の念を表明するものであります。第二次大戦後においても、なお不正常かつ不自然な状態が続いたことは、歴史的事実としてこれを率直に認めざるを得ません。

 しかしながら、われわれは過去の暗い袋小路にいつまでも沈淪することはできません。私は今こそ日中両国の指導者が、明日のために話合うことが重要であると考えます。明日のために話合うということは、とりもなおさず、アジアひいては世界の平和と繁栄という共通の目標のために・・・」。

 竹内好は、この両首脳の挨拶を対比し、次のように指摘します。「ここで問題にしたいのは、未来のために過去を忘れるな、という中国側の見解に対して、日本側は、過去を切捨てて「明日のために話合う」ことを提唱している相違点である」。さらに次のようにつづけます。「過去の侵略戦争の事実、そして戦争がおわっても終戦処理を怠った事実・・・・それをタナにあげて、ほかならぬ当の中国を相手として、「アジアひいては世界の平和と繁栄」について話合えると本気で信じているのだろうか。まさか本気ではあるまい。善意に解して、日本政府の苦衷のあらわれとみるべきだろう。そして中国側がその苦衷を汲んだからこそ、共同声明へこぎつけたのだろう。ただ、そういう苦衷は今後もう二度と使えないことを銘記すべきだ」。

この40数年前に発せられた竹内好の警告にかかわらず、日本政府は今また、過去を切捨てた「未来志向」の談話を、世界に発信しょうとしています。竹内は、「過去を水に流す」という日本人に普遍的な和解の思考習性が、世界の「普遍的なオキテ」ではないことを心得るべき、と忠告しています。

 さらに著者は、この本の別の箇所で次のようなエピソードを紹介し、日中和解の原点ともいうべき心情を吐露しています。

 「いつか、日本の訪中代表団が、中国の指導者と会見した。そしてこう語った。あなたがたは、過去を忘れようと言う。その好意はありがたいが、われわれは、自分の国が中国を侵略した過去を忘れることができない。これに対して、相手(たしか廖承志さんだった)は、日本代表の手を握って「それで会話が完結する」と言ったそうだ。私はこの会話が「中国を知るため」の出発点だと思う。・・・つまり惻隠の情だ。相手の身になって考えるということだ」。

 偏狭で愚昧な安倍首相に、竹内のいう「惻隠の情」を期待するのは、土台無理というべきか。

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