里山を守るのはだれか?
かつてこの竹藪は荒れ果て、ため池には腐臭が漂っていました。そこで、何人かの仲間とともに6,7年前から、枯れたり密生した竹を伐採し、ため池から汚水や汚泥を除去して、整備に努めてきました。その結果、竹林の林床には久々に太陽の光が差し込み、見違えるほど美しい竹林になってきました。また、よみがえった小さなため池の周りに、さし木で殖やしたアジサイの苗を植えたところ、アジサイ苗の成長はたくましく、植えて4年ほどで見ごたえのあるアジサイ園となりました。ここ竹林が、半日は日陰となり多湿な肥沃土壌に恵まれたお陰です。竹林を背景にしたアジサイのある風景は、なかなか見ごたえがあり、美しい。
私の住む里山は、高崎市の観音山丘陵南麓にあり、住宅と田畑を山林が取り巻いています。その山林は、コナラやクヌギを主体とした雑木林と孟宗竹や真竹の竹林から成ります。コナラやクヌギは椎茸原木として利用されますが、近年は地区の椎茸栽培農家は減少し、主に下仁田町など遠方の農家が買い求めてきます。そのためか、ほとんどの雑木林が放置されたままで、コナラやクヌギの下層部にアラカシやスダジイなどの常緑樹が生え、さらに真竹が隣りの竹林から侵入し、コナラ主体の雑木林はナラ・カシ・竹の混交林になりつつあります。こうした混交林では、その頂上部でコナラと真竹が高さの覇を競い合い、中間部で常緑樹、地上部で灌木がそれぞれ生い茂り、日差しの届かない薄暗い空間となります。このため、椎茸原木を期待されるコナラやクヌギの成長は衰え、その経済的な利用価値は年々減退する一方です。
こんな状況にある里山にあって、いつみても管理のよくゆき届いたコナラ林があります。私の犬の散歩道沿いにある雑木林です。そこはやや急な坂道で、谷側は急峻な崖となっています。その崖とその下の平地にコナラが植えられ、二千㎡ほどの広さの雑木林となっています。この山林を管理しているのは、85歳のMさんです。Mさんは、草の生えだす4月以降、ほぼ月に一回の割合で、山林の下草刈りをしています。地元の人たちがほとんど、除草作業を刈払機でやっているのに対し、Mさんはいつも鎌を使っています。刈払機を使うには、崖の斜度が急峻すぎるためです。鎌を使っての山林の下草刈りは、大変多くの手間が掛かりますので、Mさんの月一回の作業は、いつも3,4日を要しています。しかし、下草刈りは極めて丁寧で、Mさんが作業した後の山林の林床は見違えるようにきれいになります。しかし、ここのコナラはまだ若く、椎茸原木として伐採されるのは恐らく、10年以上先のこととなります。ひとり暮らしのMさんのあと、誰がこの作業を継ぐのか、わかりません。
私たち家族は、当地に引っ越してきて27年経ちます。この間、田畑や山林に囲まれた里山の、のどかで心地よい生活を享受してきました。こうした里山のもつ心地よさは、地元の人びとの農作業や山林作業に支えられ維持されてきたことを最近、痛感します。しかし、田畑を耕す人は年々減少し、山林の下草刈りをする人は最早、稀(まれ)な存在となりました。耕す人のいなくなった畑には真竹が侵入し、放置された水田には柳の木が繁茂、その下でイノシシが泥浴びをした痕跡があります。人手の入らない山林は、広葉樹にフジ蔓が絡まって樹木を締め上げており、その足元ではクズ蔓が文字通り蔓延しています。山道は、雑草や篠竹が生い茂り、放置すればやがて道としての体をなさなくなるかもしれません。この山道は最早、農作業や山仕事をする人びとの道路から、散歩者のための小径に替わったというべきかもしれません。とすれば散歩者の私は、せめてこの山道の草刈りをやろうと思い、刈払機をはじめて購入しました。
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