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2015年8月21日 (金)

ジャン・ユンカーマン監督作品『沖縄 うりずんの雨』

  その前日、ユンカーマン監督の舞台挨拶があったところなので、月曜の朝10時半からの上映は数人程度の観客だろうな、と思って出かけたところ、この小さな映画館に30人を超す人びとが入っていました。2週間ほど前に見た塚本晋也監督の『野火』は、同じ映画館で、10人足らずだったのと比べ、このドキュメンタリー映画の観客数の多さにちょっと驚きました。沖縄への関心の強まりを感じました。はたして観客の期待通りこの映画は、沖縄の過去と現在を知り、その未来を考えていくうえで、このうえなく貴重な映像群を、提供してくれました。以下、この映画をみて印象深かったシーンを、採録シナリオを参考にしながら、紹介します。

 40年前、沖縄で反戦兵士の支援活動に関わっていたというジャン・ユンカーマン監督は、何十年にもわたる沖縄の人びとの反戦・反基地の戦いに深い感銘を受けてきました。そこで、アメリカはじめ世界中の人びとに沖縄の実態を伝えることが、自分の人生の仕事の一つと考え、ドキュメンタリー映画『沖縄 うりずんの雨』を、日本人スタッフとともに制作しました。

 日本語タイトルの「うりずんの雨」は、沖縄慰霊の日(623日)のラジオ放送で紹介された渡嘉敷島の小嶺基子さんの短歌に、詠われています。

  うりずんの 雨は血の雨 涙雨 礎の魂 呼び起こす雨

 「うりずん」とは、潤い初めが語源とされ、冬が終わって大地が潤い、草木が芽吹く3月頃から、沖縄が梅雨に入る5月くらいまでの時期を指す言葉(チラシから)。歌人の玉城洋子さんが語ります。「この時期になると、皆体調を崩していく人たちが多いですよ。精神的にも。多分、戦争を体験してきた皆さんと言うのは、特に、いろんな思いが出てきて体調も崩される」。70年前の「うりずん」は、凄惨を極めた沖縄戦が最も過酷に戦われた日々でした。

「第1部 沖縄戦」は、元米兵と元日本兵と、そして徴用された沖縄の人びとの証言と記録映像から構成され、沖縄戦の実像に迫ります。元米兵の証言。
 
当時20歳だった元米兵は、日本軍が南部へ後退した後の惨状を、次のように証言しています。「武器が地面に散らばっていた。・・・泥まみれで、日本兵の腐乱した死体にハエがたかっていた。そこで・・・泥を被っていた日本兵の死体を踏んでしまった。死体の胸部が崩れてブーツについた。ひどく臭かった・・・」。映画『野火』が描きだしたレイテ島の惨劇がそのまま、沖縄の地で再現されていました。別の元米兵(当時21歳)は、前線について3日目の夜、年寄りの男と女と、赤ん坊を抱いた若い女性を殺害したことを告白します。「いつまで経っても忘れることがない。本当に、決して忘れられない」と元兵士は、語りました。元米兵からみた沖縄戦もまた、凄惨そのものだったことを知ります。

 「第2部 占領」では、戦後の生活や復帰運動、ゴザ暴動などが取り上げられますが、最も印象的だったのは、写真家・石川真生さんの証言でした。1953年生まれの石川さんは、高校生のころから復帰運動や反戦運動にかかわり、米軍基地や米軍兵士を写真に撮りつづけてきました。ゴザでは、米兵と同棲し、一方でバーで働きながら、米兵とのコンタクトを持ちつづけました。「まだ白人と黒人の対立が続いている時でもあるし。かといって「ブラック・イズ・ビューティフル」と言って、プライドがアップしてた民権運動の高まりが出てきたときさね。その白対黒。白人対黒人のこの感情と、私の沖縄人としてのプライド、ヤマトに対する不信感とかなんとか。沖縄人対ヤマトの人の構図が似てるなと、このとき思ったの。・・・それでとても(黒人兵に)親しみを抱いた」。石川さんは当時、日本人ってなんだろう、と考えつづけていた、と語っています。沖縄と沖縄人に対する本土(ヤマト)の差別が、アメリカにおける黒人差別を通して自覚されています。「自分って何だろう、沖縄人てなんだろう」というみずからのアイデンティティを追い求めてきた、一人の沖縄女性の貴重な証言だと思います。

 「第3部 凌辱」は、「集団自決」や女性への性的暴力の実態が、明らかにされます。
 読谷村チリチリガマでの「集団自決」体験者の証言は、衝撃的です。当時26歳だった知花カマドさんは、子供たちや姉妹とともに、チリチリガマに隠れました。「殺さないから出てこい」との日系米兵の呼びかけにかかわらず、壕内はパニックとなり、ひとりの娘さんが母親に自分を殺してくれと首をむけていった様子を語りました。「アメリカ人にやられるより母親の方がいいから“お願いします、お願いしますと、ひざまずいて、親に向かってお願いしていた。シューッと跳ねた。それだけは見えた。注射するやら何するやら。もう、ガイガイガイ、とっても大変だった」。なんでこんなことが起こったのか?「耳切られたり、鼻切られたりするから、捕まえられては、捕虜されてはダメだ。これだけ。だから死ぬ方がいい。そうされるよりは、死んだ方がましじゃないか。もう、それだけ。何も考えられない。死ぬ、死ぬ、死ぬだけ。どうしたら死ねるか。どうしたら、どうするか。こればかり考えていた。死ぬ方ばかり」。

 戦時中にあった沖縄の慰安所は、146か所に上っていたことが紹介されますが、沖縄の女性たちは戦後も、性暴力から解放されることはありませんでした。ナレーターが語ります。「195593日。当時6歳だった永山由美子ちゃんが、石川氏の路上で、米兵に拉致され、強姦・殺害されるという事件が起こりました。翌日、嘉手納空軍基地の近くの、ゴミ捨て場で遺体が見つかりました」。レイプ事件の背景について、1969年に沖縄へ配属された元陸軍憲兵隊員は、次のように証言しました。「レイプはいつも起こっていて、大したことだとはされていなかった。私がいた頃、確か12歳の少女が殺された。普天間基地のすぐ側だった。その兵士は裁判にかけられたが、沖縄の刑務所に入らなかったと思う。仲間のMPが、レイプされ惨殺された売春婦の事件を捜査していた。でも、ほとんど捜査しなかったし、兵士の逮捕はめったに聞かなかった」。

 199594日、キャンプ・ハンセン所属の海兵隊員による少女レイプ事件が起こりました。犯人は、米国南部出身の20から22歳の3人の兵士でした。これら3人は、67年の日本の刑務所での服役をおえて、米国へ戻りました。撮影スタッフは、この3人にインタビューを試みます。主犯格のひとりはインタビューを断り、他のひとりは、女子大生をレイプ・殺害した後、自殺しました。そして、当時21歳だった元海兵隊員が、インタビューに応じました。元兵士は、レイプ事件にいたった経過を話した後、強い後悔と被害者への謝罪の気持、そして絶望感を表しました。「僕の人生は変わった。彼女の人生はもっとひどく変えられた。・・・神の許しなどより、彼女は本当に許してくれるだろうか。・・・許しを祈っています。でも許しを祈っても、どのみち地獄に落ちるんだ。僕はそう思います。いつもそう考える」。

 この事件をきっかけに、沖縄では米軍基地反対の大きな運動が燃え上がり、その結果、辺野古への移設を前提に普天間基地の返還が、日米両政府間で合意されました。この日米合意は、レイプ事件を利用した日米両政府合作の、辺野古新基地建設のための謀略だったことが、いまや明らかとなっています。元米兵の悔恨の告白を聞きながら、このことを強く意識しました。

 普天間基地のフェンスに貼られた反基地派のテープを外していた女性海兵隊員は、「国を防衛するのが駐留目的」だと明言します。「何か起きたら24時間以内に駆けつけ、わが国を守り本国まで脅威が及ぶのを確実に防ぐ」のだと明るく言ってのけました。彼女のいう「わが国」「本国」は、言うまでもなく米国です。沖縄や日本を守ることは、一言も触れませんでした。沖縄に駐留する海兵隊員の任務に対する正直な認識が伺えて、興味深い。
 

 映画は、最終章「第4部 明日へ」において、沖縄の明日は、日本政府が強引に建設を進める巨大な辺野古新基地のある沖縄なのか、それとも軍事的要石から解放され「アジア太平洋地域から世界中に、沖縄の伝統的な平和を発信する島」(シンポジウムでの大田昌秀さんの発言)としての沖縄なのか、と厳しく問いかけます。そして最後のインタビューで、僧侶で反戦・反基地運動家の知花昌一さんは、「沖縄の人たちが負けない限り、基地をなくすチャンスはずっと続く。・・・“これはおかしい”と“なくそう”という思いの人が増え続ければ、状況は改善できる」と楽観と期待を語りました。すでに沖縄では、80%以上の県民が、“これはおかしい”“なくそう”と意思表示しています。知花さんの期待は何よりも、本土の私たちに向けられている、というべきでしょう。ジャン・ユンカーマン監督の映画『沖縄 うりずんの雨』は、このことを説得的に、私たちに語りかけています。是非みて欲しいドキュメンタリー映画です。劇場情報では、上映中またはこれからの上映がほとんどです。

 

 

 

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