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2015年10月26日 (月)

「過去」をどう伝えるか-ベルンハルト・シュリンク著『朗読者』を読む

 今年の1月、戦後70年の節目の年を意識し、エヴァ・ホフマン著『記憶を和解のために-第二世代に託されたホロコーストの遺産』を読みました。ホロコーストからの生還者の両親のもとで育ったエヴァ・ホフマンは、第二世代(生存者の子供世代)が過去と現在を繋ぐ存在として、ホロコーストの意味を次世代に伝えていく使命を、強く自覚します。このテーマを「加害者の子供世代」の立場から追究しているのが、ドイツ人作家・法学者のベルンハルト・シュリンクです。彼の世界的な大ヒット作品『朗読者』を読みました。 

15歳のぼくは、学校帰りに吐いたとき助けてくれた、母親ほどの年上の女性と恋に落ちました。「ハンナ」「坊や」と呼び合う二人。ハンナは何故かベッドに入るまえ、ぼくに本を朗読することを求めます。二人はひそかに、逢瀬を重ねます。だが、ハンナは突然失踪してしまい、ぼくは深く傷つきます。

ぼくがハンナと再会したのは、7年後に法学ゼミの実習で傍聴した、ナチス強制収容所の看守の犯罪を裁く法廷でした。彼女は、クラクフ近郊の小さな収容所(アウシュヴィッツの支部)の看守だったときの罪が問われたのです。起訴理由は、①工場で働けなくなった囚人60名を選別し、殺されることがわかっていてアウシュヴィッツへ送り返したこと、②護送途中のある夜空襲に遭い、火災となった教会堂から囚人たちを救助せず焼死させたこと、の二点でした。

物語はこのあと、法廷におけるハンナの裁判がつづき、やがて、無期懲役の判決が下され、ハンナは戦犯として刑務所に服役します。この裁判を通してぼくは、ハンナのもうひとつの秘密、文字を読むことも書くこともできないこと、そしてハンナが文盲ゆえに看守となり、町から失踪し、戦犯の主犯とされたことを知り、ぼくの苦悩はさらに深まります。しかしぼくは、ハンナを見捨てることなく10年間、刑務所に朗読テープを送りつづけました。ハンナを愛することによる苦しみが、ぼくの世代の運命であり、ドイツの運命を象徴している、と主人公は思い定めます。

小説『朗読者』の大雑把な輪郭は、以上のとおりです。ぼくとハンナの「悲恋の物語」は、読者を最後まで惹きつけて止まず、やるせない感動を誘います。そして読者は、この小説の底に一貫して流れる、親の世代の犯したユダヤ人虐殺の過去にどのように向き合うべきか、という重い課題に直面します。シュリンクは、ハンナの裁判をみながら苦悩しつづける主人公に、次のように自問させます。「ぼくたち後から来た世代の人間は、ユダヤ人絶滅計画にまつわる恐ろしい情報を前に、実際何を始めるべきなのだろう?・・・ぼくたちはただ驚愕と恥と罪のなかで沈黙すべきなのだろうか?」(P.122

主人公のぼく(1944年生まれの著者シュリンク)は決して、過去に対する沈黙を容認しません。過去の再検討と啓蒙活動への情熱を、加害者の子供世代のひとりとして、ゆるぎなく持ちつづけます。著者=ぼくたちにとってナチズムの過去との対決は、それは同時に、世代間の葛藤でした。親の世代は、「ナチの犯罪に手を染めたもの、それを傍観していた者、目をそらしていた者、あるいは1945年以降においても戦争犯罪を追及しないどころか、戦犯を受け入れてしまった者」(p.193)であり、それゆえに著者=ぼくたちは、両親の世代を断罪し恥辱の刑を処したのです。愛する人を憎まなければならない、という葛藤を背負った世代といえます。一方で著者=ぼくは、「他の学生たちが自分を両親から切り離し、それによって、恥じることの苦しみを克服してしまえるのをうらやましく思った」。また、「彼らの高飛車な自己正当化」と「両親と自分を切り離し糾弾する行為は、両親への愛によって集団罪責に巻き込まれることを避けるための、レトリックであり、ノイズにすぎなかったのか?」(p.195)と疑問を持ちます。60年代後半の、親の世代を糾弾する「68年世代」による学生運動に、強い違和感を覚え一定の距離をとりました。ナチス犯罪は、加害者の子供の世代にとってもなお、現実の問題だったからです。ユダヤ人墓石にハーケンクロイツが落書きされたこと、元ナチ党員が戦後も裁判所・行政・大学などで出世したこと、反ナチ抵抗運動の記録があまり伝えられていないことなどによって、68年世代もまた、ナチス犯罪の集団罪責から逃れることができない、と著者は強く示唆します。

著者=ぼくは、ナチズムの過去のリアリティに向かい合うため、アルザス地方にあるナットツヴァイラー収容所を訪問しました。そこには、死体焼却炉や独房のあったバラックが残っており、著者=ぼくは、敷地に囚人と看守たちが大勢いる様子や人々の苦しみを具体的に思い描こうとしたけれどうまくいかない。また、一棟のバラックを眺め、目を閉じてそのバラックが何棟も並んでいるところを想像したが、やはり想像力はうまく働かない。そのことに、著者=ぼくは、みじめで恥ずかしいような気持ちになった、と述懐します。(P.177) 著者は、過去に向き合うことの困難さを、きわめて正直に語りました。この第二世代でさえ困難と感じる「過去」に、次の世代=第三世代はどうすれば向き合うことができるのか。シュリンクは『朗読者』の中では必ずしも明らかにしていません。これは、戦後世代である私たちすべてが背負うべき課題だと思います。『朗読者』は、ドイツでのホロコーストの記憶に関する言説の多様性を示す作品のひとつでした。ドイツでは現在なお、過去に向き合う努力は、真摯にかつ執拗につづけられています。

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