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2016年10月13日 (木)

津島佑子著『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』を読む

 Aさんへの手紙

  元気にお過ごしですか。
 津島佑子著『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』を読み終えたとき、もし貴君がまだ、この本を読んでないとしたら、是非、読むことをすすめたいと思いました。

 あの「3.11」のあった年の9月、私たちはアイヌの遺跡を訪ねるため、北海道東部を旅行しました。武田泰淳著『森と湖のまつり』と池澤夏樹著『静かな大地』をテキストに現地を訪れ、アイヌの生き方や考え方に触れてみたい、と思ったのでした。ほぼ同じころ、「2011年 オホーツク」と題されたこの本のまえがき部において、著者を思わせる「わたし」が、シレトコやアバシリなど道東を旅する姿が、描かれています。アイヌ青年のガイドでトレッキングをし、北方民族博物館でアイヌなど北の少数民族の歴史や生活に触れます。「3.11」の6か月後に、アイヌの世界にアプローチしょうとした「わたし」と私たちの偶然な行動の一致に、あれっと不思議な気持ちになりました。このことが、貴君にこの本をすすめたいと思った動機のひとつです。 

 17世紀前半、キリシタン弾圧と虐殺の嵐が吹き荒れる日本列島。アイヌ人の母とニホン人の間に生まれた少女チカップは、幼くして孤児となり、ミヤコから逃れてきたキリシタンに拾われます。やがて、兄のように慕うジュリアンとともに小舟を乗り継ぎ、ナガサキ、マカオへと逃避します。ジュリアンは、ニホンで待つキリシタンのため、神学校でパードレ(司祭)の道を歩みますが、チカップは時にふれ、母の歌っていたカムイ・ユカラ(神々の歌)を口ずさみ、アイヌとしてのアイデンティティをたもちつづけます。
 キリシタン弾圧の激化にともない、マカオのニホン人は増えつづけ、ついにニホン人追放令が出ます。チカップは、イエズス会員としてマカオに残るジュリアンと別れ、バタビア(ジャカルタ)へと向かいます。幼少期から少女期にかけ、エゾ、ツガル、ナガサキ、マカオ、バタビアを様々な船で渡り歩いた記憶は、まさに「海の記憶の物語」でした。そして最後は、バタビアの地で年老いていくという数奇な運命をたどります。
 

 この小説の登場人物(つまり主人公チカップを取り巻く人びと)は、幼いチカップを救ったポルトガル人パードレ、ミヤコから逃げてきたニホン人キリシタンのジュリアン、豊臣秀吉の侵略軍により奴隷として拉致されてきたチョウセン人ペトロ、ニホン人の母とナポリの船乗りとの間に生まれたガスパルなど、ニホン社会からはじかれたマイノリティーたちで構成されます。イランやシリアから逃避した難民のことが想起されます。
 マカオのチカップたちのもとには、陸奥におけるキリシタン虐殺のニュースが伝わります。彼らは、呻き、泣き、そして語ります。
 「町のひとたちがそこまできりしたんを憎むのも、わしにはようわからんべよ。すでに、処刑されとるんやから、そいでもう、充分やないか。お上からきりしたんが禁じられとるいうても、町のひとまでがそんげん憎しみのかたまりになるっちゅうのも、ひどくつらか。きりしたんはもはや、町のひとたちの眼には、人間ではのうて、動物以下の邪悪な存在にしかみえなくなっとるんか?」
 「憎しみがうえから与えられて、そいに身をまかせるのは、まっこと、気持よかごたるし、いくらでん伝染するんや。憎まなけりゃならん理由なんぞ、だれも知らん。知りたいとも思っちゃいない。チョウセンを攻めたニホン人も、チョウセン人に対して、同じやったそうな。憎しみというよリ、残酷さを楽しむ心が、人間にはもともと隠されておるんやろうな」。
 私たち日本人が、日本の近・現代史において、「憎しみがうえから与えられて、そいに身をまかせるのは、まっこと、気持よかごたる」経験を、幾度となくもったことは、貴君も知ってのとおりです。先月、NHK・ETV特集で関東大震災における朝鮮人虐殺について放送されましたが、内務省や陸軍の発する「朝鮮人が襲ってくる」という情報によって、市井の一般市民が、朝鮮人を襲撃し虐殺したことが報じられました。17世紀にもらしたキリシタンたちの嘆息は、20世紀の日本においても、息づきつづけたのです。
 

 バタビアで年老いていくチカップの耳には、東インド会社のオランダ人などから、島原で蜂起したキリシタンたちの悲劇的な結末や、エゾのシャクシャイン謀殺のニュースが伝わり、チカップはひとり悲しみます。私たちのアイヌ遺跡を訪ねる旅の最初の訪問地は、大きなシャクシャイン像の立つ、静内の海の見える丘の上でした。そして、6日間の旅の最終地の旭川では、美術館に展示された舟越保武制作の『原の城』(島原の乱で蜂起したキリシタン兵の彫像)を観ました。17世紀、徳川幕藩体制の確立期に起こった、ふたつの巨大な民衆蜂起と大虐殺を記憶しつづけようと訴えた、歴史的なモニュメントです。貴君にこの本を推薦する理由は、もはや十分に伝えられたのではないかと確信します。 

 読後、貴君との再会のチャンスが訪れれば、美酒を飲み交わしながら、2011年の旅を思い出し、『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』を語り合えれば、これ幸いだと思います。
 では、再会の日まで、元気にお過ごしください。   K
 

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