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2016年12月 2日 (金)

大河小説の醍醐味を味わう―津島佑子著『火の山―山猿記』

 Tさんへ
 その後、如何お過ごしでしょうか。
 秋の寄合いの時、長年介護なさってきたお姉さんが亡くられたことや、地元では由緒ある旧家であったTさんの実家について、話されました。富士山をまぢかに仰ぎ見るTさんの実家は、貴兄の子ども時代は、両親と10人の子どもからなる大家族だった、ということでした。長兄と末っ子の貴兄との年齢差は、20歳以上離れていた。その長兄が、医者となってT家を継ぎ、現在、その息子がやはり医者として、T家の跡取りとなっている。貴兄たちが生まれ育った家は、旧家にふさわしい歴史ある大きな木造住宅でしたが、あちこちの痛み激しく、ついに取り壊すことになったと、懐古と惜別の情深く話されました。
 津島佑子著『火の山―山猿記』を読んでいて、小説の主人公たちの有森家とT家とが、駿河と甲州の違いはあるとしても、「地方の旧家、大家族、富士山」という3つのキーワードで結ばれていることを発見し、これは貴兄に知らせなくては、と思った次第。

 さて、私はここ数カ月、今年の2月に亡くなった津島佑子の最近作を、読みつづけてきました。そして、20年近く前に出版された代表作『火の山―山猿記』を図書館から借り、今朝早く、読み終えたところです。
 もとは農村に居を構え、のちに甲府市内に移り住んだ旧名主・有森家の4、5世代にわたる大河小説です。広辞苑は大河小説を「一群の人々の歴史を、数世代にわたって、社会的背景から書いた大規模な小説」と定義していますが、まさにこの小説は、明治維新からアジア太平洋戦争をへて戦後の混乱期に至る激動の100年を背景に、40人を超える有森家の人びとの歴史を描いた、堂々の大河小説だといえます。広辞苑が大河小説の代表作としてあげた、先に読んだデュ・ガールの『チボー家の人々』は、20世紀初めから第一次世界大戦勃発を背景に、革命家や平和運動家たちが活躍する、きわめてドラマチックな物語です。しかし『火の山』は、偉人や英雄が登場するわけではありません。地学や富士山研究で功績のあった当主や、戦後アメリカに渡って物理学者になった8人兄弟の末っ子が登場しますが、彼らは科学者として描かれるのではなく、あくまでも有森家の当主であり、8人兄弟の末っ子としてのみ描かれます。こうして、家族を描き切ることによって、歴史に翻弄され、あるいは歴史に挑戦する人びとの群像が、見事なまでに描かれています。
 物語は、明治元年に、ともに17歳で結婚した小太郎・サエ夫婦から始まり、ふたりの長男で地学者となった源一郎とその妻マサへと引き継がれ、そして源一郎・マサ夫妻の3男5女とひとりの養女からなる子どもたちの世代へと移っていきます。9人のきょうだいは、1899年生まれの長女から1920年生まれの3男まで、21年間に出生しました。物語は、末っ子の在米の物理学者・勇太郎が70歳を超え、自分の娘と姪に宛てて書き記した有森家の回想録からなっています。回想録の間には、2,3人の縁故者による手紙や電話交信が挿入され、この回想録が書かれた経緯や次世代の若者によって読まれる様子を知ることができます。また、地学者・源一郎による富士山噴火の学術的記述は、一家に共有された富士山に対する愛着と畏敬の感情を強く暗示します。それはまた、有森家における源一郎に対する愛情と畏敬の気持でもあります。子どもたちの記憶する源一郎の声は、その事を雄弁に語ります。 
 「石が生きものだってことがよくわかるだろうが。こうして石は自分の命を歌っているんだ。よく聞いてみろ。石の声を聞くには、自分も石にならなけりゃダメなんだぞ。つまらねえ考えは全部、忘れて、地面といっしょに息をするんだ。ほうら、聞こえてくるだろう。そうだ、それが石の声だ。石のイノチさ。こんな美しいもんなんだぜ、この地球は。……」
 いまだ数冊の作品しか読んでいませんが、あえて津島作品の特徴を言えば、登場人物が大変多いことと、時間・空間をあちこちと自由に行き来すること、だと思います。だから漫然と読みつづけていると、だれが誰だかわからなくなったり、今どこにいるのか、何時の時代なのか、頭のなかが混乱します。だからいつも、人物名と生まれ年をメモしたり、事件やエピソードを時系列に並べたりして、読み進めます。今回の『火の山』も、前述したように40人を超える有森家の人びとが登場するため、明治維新以降現在までの「有森家・家系図」として整理したので、もしこの作品を読まれる場合は、参考にしてください。「pdf.pdf」をダウンロード また、この家系図自体は、一回の読書で得たもので極めて完成度は低いため、もし貴兄が読まれるとすれば、この家系図に訂正をほどこし、より完成度の高いものに仕上げていただれば、幸いです。
 この家系図のなかから、杉冬吾・苗子夫妻とその3人の子ども加寿子・亨・由紀子の部分を見てください。由紀子は作者・津島佑子、杉冬吾は実父・太宰治、苗子は実母・津島美知子がモデルです。杉冬吾は小説家ではなく新人気鋭の洋画家として登場します。由紀子(津島佑子)の父母の愛憎劇の激烈さは、この小説の最大の山場の一つです。
 この小説にも、津島作品の重要なモチーフであるマイノリティが、登場します。そのひとつが障害者です。由紀子の兄・亨はダウン症の子どもであり、勇太郎の娘の義理の息子・ニコルは自閉症の子どもです。また、源一郎の養女・キヨミは、米兵と日本人女性との間に生まれたふたりの混血児を養子に迎えます。勇太郎の妻・広子は戦前、在米の日本人であり、戦中は米国帰りの日本人として息苦しさを感じます。津島作品のもうひとつのモチーフは、身近な人びとの生と死に向き合うこと。「~47」の表記は、1947年死亡を意味します。この年だけで、4人が亡くなっています。戦後の1945~49年の5年間に9人が亡くなっている。その多くが、結核による死亡です。この回想録は、これらを包み込んで、展開していきます。

 先の寄合いの時、貴兄から来春3月、富士山の眺望を楽しむため、とっておきのビューポイントに案内したい、との提案がありました。今回の『火の山』を読むことで、富士山が少し近く感じるようになり、是非、富士山眺望を楽しみたいと期待します。そのとき、貴兄がこの作品を読んでいらっしゃったら、駿河の美味い酒を飲みながら、読後感想を交換したいものです。

 師走に入り、寒い日々がやってきます。どうぞお体を大切に、ご自愛ください。
 

 
 
 

 

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