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2017年3月 8日 (水)

絶望と希望と、怒りと祈りと―『広河隆一・チェルノブイリ―展』から―

 先週末の3月4日、5日、高崎市吉井文化会館ギャラリーで開催した『広河隆一・チェルノブイリ展』は、184人もの入場者があり盛況のうちに終わりました。フォトジャーナリスト広河隆一さんの知名度の高さとともに、昨年につづき、吉井町行政区でのチラシ回覧とポスター掲示、高崎市内の公民館や文化会館へのポスター掲示とチラシ配置、そして12月以降は脱原発関連集会等でのチラシ配布など宣伝活動に力を入れた結果でした。人口2万人ほどの小さな町内の140か所の掲示板に張られた乳児を抱いたベラルーシの母親の肖像は、町や村の人びとの眼にどのように映ったでしょうか。Img_0002_2

 今回の写真展を待ちわびた人が、何人かいました。文化会館のスタッフによれば、1ケ月前の2月4日と開催日前日に早々と、会場にやって来た人がいたとのこと。また、「これから行くが会場への道順を教えて欲しい」とある男性が電話してきたのは、2日前のことでした。こうしたフライングは、過去3回の写真展では、皆無。こうした来場者の期待に応えるべく、入り口には河津さくらと菜の花を活け込み、会場はゆったりとしたスペースを確保しました。BGMには、ヨーヨーマ(チェロ)と村治佳織(ギター)のバッハ曲を、小さく静かに流しました。1_img_0011 開場の9時過ぎから、徐々に来場者がやってきました。最初の「チェルノブイリ原発ゼロ地点」のコーナーで、男性が爆発した4号炉を覆う巨大なドームに見入ってました。Img_0041_2 燭台のような形をした枯れた松の木。原発事故のシンボルとなったこの木に、かつてウクライナのパルチザンが処刑され、吊るされたという。数人の来場者が、印象に残った作品として挙げました。Img_8967_2 放射能に汚染され無人となった村の家屋は、破壊されて地下に埋められました。9歳の赤いセーターの日本の少女は、この光景に何を見るのでしょうか?

Img_0030_2 今回、チラシとポスターに使った乳児を抱いた母親像は、来場者のほとんどが最も印象深い作品として挙げました。ある人は、悲しみのなかに美しさを見出し、他の人は、苦悩のなかのやるせなさを感じました。犬の散歩のとき、町のポスターでほほえましい光景と思っていたという女性は会場へ来て、母乳の放射能汚染という事実を知り、ショックを受けました。Img_0048_2 「死の街プリピャチ」「消えた村々」「汚染地の人びと」のコーナーを見てきた来場者は、「病気と死」と括られたコーナーへきて更に、たじろぎ・怖れ・目頭を押さえました。Img_0019_5 ターニャは、リューダは、チェルノブイリの子ども達は、甲状腺がんに侵され、心臓病や血液の病気に罹患し、絶望の淵にありました。多くの来場者が感想文のなかで、この子ども達のその後の行く末を案じました。Img_0035_5 原発事故後28年たち、甲状腺がんの手術を受けた女性たち。16歳、26歳、35歳。来場者の胸のなかには、福島の子どもたちの事が去来したはずです。Img_0038_1 「乳児を抱いた母親像」と同様に、来場者に強い印象を与えたのが「ナターシャの物語」の4枚の写真です。「原発ゼロ地点」から「病気と死」にいたる作品群が、絶望と恐怖の物語を語っていたとすれば、最後の「ナターシャの物語」は希望の象徴といえます。小児甲状腺がんが早期に発見され、手術によって救われたナターシャは、その後、結婚し二人の子どもに恵まれます。ナターシャの晴れ晴れとした花嫁姿や二人の男の子との写真に、来場者はほっとし、そこに希望の徴を見出しました。 チェルノブイリに絶望と希望の象徴を見出した来場者は、作品群に囲まれた会場中央のソファーに座り、感想文を書きました。Img_0052_4 会場には、ヨーヨーマの奏でるバッハの無伴奏チェロ組曲が静かに流れます。そこは、沈黙と思考の時が流れ、怒りと祈りの思いが広がりました。私たちの「チェルノブイリの祈り」は、こうして実現しました。Img_0011_2 多くの人びとが、何度も作品の前にいっては席に戻り、鉛筆をすすめました。来場者の内119人の方が、感想文を書きました。Img_0056_2 最後に、感想文のいくつかを紹介します。

*汚染された町の人々の様子が、写真を通して伝わってきます。「チェルノブイリ」「福島」の現実にいつしか、他人事のように遠い記憶になってしまう我が身を反省するしかありません。未来を担う子どもたちに何とか温かい光が差しますように。今は胸が痛くなっています。(高崎市吉井町・60歳代・女性)

*未来の福島の姿を思います。ここ2,3年の著名人達の相次ぐ訃報は、もうまさにはじまり始めたと思います。東芝が倒産したらどうなるのか。あまりの日本政府と経団連の無責任さに絶望したくなりますが、希望を捨てずに智恵を集め、のりきっていかねばと思います。(高崎市中居町・40歳代・女性)

*写真に写っている人たち、子供たちは、今どうしているのだろう?自分に何が起こったのか、なぜこんなに苦しまなければならないのか、原因も理由もわからないでいる子どもたち。子どもたちから笑顔を奪った責任は重大です。ただただ胸がつぶされる思いがし涙がでてきました。一日も早く解決できるように、原発がなくなるように訴えていかなければいけないとつくづく思いました。(甘楽町・60歳代・女性)

*ピアノという美しい音をかなでるものが、壊れて朽ちていくのが、人間の作った原発の虚しさ、恐ろしさを象徴している。(-・50歳代・男性)

*「ナターシャの物語」。目に見えぬ悪魔への怒り。身体が震えました。(みどり市・60歳代・男性)

*広河隆一さんの写真を見て、何か行動しなければという思いを強くしています。(高崎市棟高町・67歳・女性)

30年以上経った今も、放射能による被害で苦しんでいる人達がたくさんいる。子

の代、孫の代になっても心配は消えない。苦しみも消えていない。たくさんの写真

に圧倒される。チェルノブイリ事故がフクシマに生かされなかったのは、真にくや

しい。多くの人に知ってもらいたい。(―・50歳代・女性)

*原発事故のことをどこか他人事のように感じていたけれど、写真を見て、そこに住んでいた人々の人生を実際に大きく変えてしまったのだということを実感できた。(渋川市・20歳代・女性))

*原発事故の恐ろしさ、それが胸に強く突きささる。写真一枚一枚に見入り、考えさせられた。その上何をすべきか迫られたような気があらためてした。原発はいらない、そのためにあきらめずに行動する。その決意を固めた。(高崎市吉井町・80歳代・男性)

*まず広河氏の姿勢に強く心を打たれました。最近、アウシュヴィッツの語り部を続けているただ一人の日本人の中谷さんの「涙するのではなく考えてほしい!」というドキュメンタリーを見ました。心に突きささる事件が多く、未来が案じられることばかりです。「再びくり返さないむというむずかしい課題を背に、生きていくことが今こそ問われているのだと、再確認しました。(高崎市吉井町・82歳・女性)

*忙しい毎日で、日々の暮らしは自分のことで精一杯。この写真展は、そんな私に忘れてはいけないということを気付かせてくれました。写真は胸に迫るものでした。一人一人の人生は一度だけだし、大切にされなければならないものなのに、豊かな生活は他の人の犠牲の上にあるのだと思った。(冨岡市・59歳・女性)

*地球上から原発がなくなることを祈ります。(高崎市吉井町・60歳代・女性)

 

 

 

 

 

 

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