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2017年4月 6日 (木)

後藤明生著『夢かたり』を読む

 先に読んだ朴裕河著『引揚げ文学論序説』(人文書院2016刊)において、植民地や占領地における帝国支配の「記憶の風化が進んでいる今日こそ、改めて読み直されるに値する」と高く評価された後藤明生の小説『夢かたり』(中央公論社1976刊)を、市立図書館から借り読みました。

  後藤明生(1932~1999)は、朝鮮の植民地時代に咸鏡南道の小さな町永興で生まれ、生家は元山市で商店を営んでいました。13歳のとき、1945年の敗戦を朝鮮で迎え、「内地」へ引揚げてきました。引揚げの途上で、父と祖母を失っています。『夢かたり』は、引揚げから30年後の「わたし」が、途切れ途切れの記憶を紡ぎながら、植民地・朝鮮の個人的な体験を回想したもの。この回想の素材は、自分の夢のなかから引き出されたり、朝鮮での知人たちからの情報であったりします。

 朴裕河氏は、後藤明生が回想した「植民地の「朝鮮人」の世界は、子供たちには禁忌の世界だった」にもかかわらず、日本人少年たちは、〈人種化(民族差別)の境界〉を常に越えようとした「境界人」であった、と指摘します。そして、この越境こそが、『夢かたり』が帝国意識に無自覚な回顧小説を越えられた要因であると、『夢かたり』を高く評価しました。この「禁忌」と「越境」にかかわる箇所を、原作にあたってみたい。 

 「小学校からの帰り途、朝鮮障子に穴をあけるくらいのことは日常茶飯事だった。帰り道の左側に朝鮮そば屋があった。朝鮮瓦葺の古い家で、ぷんと生ぐさい汁の匂いが家のまわりに立ちこめていた。わたしはそれを犬の肉の煮える匂いだろうと思っていた。朝鮮そばには犬の肉が入っているから食べてはいけない。私はかねがねそういいつけられていた。しかし犬の肉の煮える匂いは、思わず口の中に生唾がでてくるような匂いでもあった。・・・・・・・
 朝鮮そば屋は右手の奥の方がオンドル間の食堂で、脚の短い食卓が並んでいた。その食堂と土間との間に黒光りのする板張りがあって、そこでは一人の男がいつもそばを搗いていた。横の渡された摑まり棒に両手で摑まり、片足で太い梁のような杵を踏むのであるが、私にはその男が囚人のように見えた。何かの罪で刑に服している罪人のように思われた。男は坊主頭で、縄の帯をしていた。そしてやせており、いつも腹をすかしているように見えた。犬の肉の煮える温かい汁の匂いが立ちこめる板の間で、男は毎日、そば搗きの苦役に服していた。・・・・・・・
 (障子を)突くと、人差し指の爪の先に朝鮮紙の手応えがあった。その手応えが、悪の手応えであることはわかっていた。わたしたちが一目散に逃げるのはそのためだった。わたしたちは、突くと同時に指を引き抜き、全力で走った。すると背中の方から、朝鮮そば屋の女の罵声がきこえることがあった。日本語だった。「こら、バカチ頭!」。そしてぺっと唾を吐く音がきこえた。」(pp 13~16 バカチは瓢箪のようなもので、バカチ頭は空っぽ頭の意)

 犬の肉を食べることは、被植民者である朝鮮人にとっては日常的な風景であったが、植民者である日本人には食べてはいけない禁忌であった。朝鮮人の犬肉食は、日本人にとって禁忌であることによって、朝鮮人を差別する風習だったのです。しかし、日本人少年たちは、犬の肉の煮える匂いに食欲をそそられ、簡単にこのタブーを越えていく。また日本人少年たちは、障子破りの悪戯を通して、朝鮮人の文化を垣間見たリ交わったりします。

 「仏壇の前には西瓜や金真桑が上っていた。金真桑は真黄色い真桑瓜である。朝鮮人たちは真桑瓜を種子ごと食べた。真桑瓜はどこでも売っていた。帽子屋の金さんの軒先でも行商人が蓆をひろげてしゃがみ込んでいた。蓆の上には真桑瓜が転がっていた。その前に客もしゃがみ込んだ。緑色に黒い縞のある真桑もあった。客は真桑を掌の上で軽く動かしてみた。幾つかの真桑を代る代るそうやってみる。そして一つを選ぶと、蓆の上に転がっている朝鮮包丁を取って、皮をむきはじめた。彼らは皮を縦にむいた。朝鮮包丁の刃は反り返っている。その反り返った刃で真桑の皮を縦むきにした。半分むいたところで彼らはかぶりついた。汁がこぼれそうになると、天を向いて舌を出した。そして、どろどろした中身も種子も呑み込んでしまった。
 呑み込むと袖口で口のまわりを拭き、横向きになって、ぺっと道に唾を吐いた。真桑瓜をかじっているのは客ばかりではなかった。真桑瓜売りも売りながらかぶりついていた。食べ方は客と同じだった。半分を食べ終えると、また包丁で残りの皮をむいた。そして天を仰ぎ、舌を出してすべてのものを呑み込んでしまった。わたしはその食べ方を禁じられていた。
 「ジゴはいかんよ」と祖母はいった。ジゴははらわたのことだった。しかしジゴは甘かった。わたしは一度こっそり裏庭でやってみたのである。食べ方もそっくり真似た。皮も縦むきにしたのである。それから天を仰ぎ舌を出した。そしてすべてを呑み込んだのである。しかしそれはたちまち発覚した。わたしが天を仰いで呑み込んだものは、すべて下痢となって下降したのである。」(pp 323,324)

 朝鮮人の男たちが真桑瓜を食べどろどろした甘い中身を種子ごと呑み込む様子を、日本人少年は、驚きと好奇心をもって見つめています。男たちの細かな所作にまで、引き込まれます。そして、「ジゴはいかんよ」という祖母の諭す禁忌を簡単に越えてしまいました。
 犬肉を食べる朝鮮そばの話も真桑瓜の話も、30年後の「わたし」の記憶に、鮮明によみがえります。それは、少年が禁忌を越境したが故の思い出であったからです。しかし著者は決して、植民地主義を声高に批判してはいません。ただ、「朝鮮そばには犬の肉が入っているから食べてはいけない」「ジゴはいかんよ」という、さりげない植民者の大人たちの「日本人は朝鮮人とは違う」という意識の言語化によって、民族差別が明らかとなるのです。

 朴裕河氏の仕事は、歴史上の集合的記憶を、文学作品の中から導きだすことにあります。とくに、歴史学や社会学の研究対象から必ずしも注目されてこなかった過去の出来事については、このことが有効です。すでに朴氏はこの手法によって、『帝国の慰安婦』で朝鮮人の従軍慰安婦の記憶を、赤裸々によみがえらせました。日本では、辺見庸氏が『17(イクミナ』(金曜日2015刊)において、堀田善衛や武田泰淳の作品から、南京大虐殺をはじめ中国占領地での日本軍の残虐行為の記憶を生々しくよみがえらせました。歴史学と文学が手を携えて、忘却されるがままだった歴史の記憶をよみがえらせようとする努力が、日本の内外で試行されています。

 
 

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