安部公房の描いた「満州」―『けものたちは故郷をめざす』(1957)を読む―
この春以来、朴裕河著『引揚げ文学論序説』(人文書院2016刊)に啓発され、彼女のいう「引揚げ文学」を読んできました。後藤明生、小林勝、なかにし礼、そして木山捷平の諸作品です。4人の作家たちはいずれも戦後の引揚げ者ですが、後藤、小林、なかにしの三人が、植民地であった朝鮮や「満州」で生まれ育ったのに対し、木山捷平は戦争末期、40歳で単身「満州」に渡った、という違いがあります。しかし、何れの作品も、著者たちの体験を色濃く残した自伝的なものでした。今回読んだ安部公房著『けものたちは故郷をめざす』(1957/4刊)は、私小説とは違ったフィクション性の強い作品ですが、著者の幼少年期の「満州」での体験に裏打ちされ、敗戦後の元・植民者が難民化する中で、故郷として思いつづけた日本そのものを喪失する物語です。