ペナン島訪問記 その3
ジョージタウンの埠頭近くに、クラン・ジェッティー(姓桟橋)という水上生活者の集落がありました。19世紀末、中国福建省からペナン島へ渡ってきた同姓の一族が、この桟橋に住み着いたのがはじまり、という。当初は、港湾の荷役作業 や錫鉱山・ゴム園で働く移住者たちの集落でした。
海上に立てられた柱の上に建つ高床式住宅。家の中も廊下も一面、板張りです。故郷である福建省の同姓の親戚や知人を頼って、ペナン島に移住してきた人たちが、この同姓桟橋に住み着いた。 観光客で賑わう表通路から裏通りへ入ってみると、京都西陣の路地裏に似た光景に出会った。老夫婦が縁台に語るともなく腰掛け、洗濯物が干されている。家まわりの整理整頓も行き届き、清潔な生活空間が作られている。
水上に突き出た板の上で、鷺がじっと哲学しているようでした。同姓の絆で固く結ばれた桟橋の住民たちは、同姓者同士で、港内に停泊する船の乗客や貨物サービスに携わったり、木炭へ薪の取引に従事したりしていました。
ペナン島とマレー半島を結ぶペナン・ブリッジ近くの漁村で見た浮島のような小屋。これが、作業小屋なのか住宅なのかはわからない。ただ、なんとなく、人の住む気配を感じた。
ジョージタウンを散策していると、店舗兼用住宅やコロニアル風住宅、あるいは水上生活者の高床式住宅など、植民地時代の伝統的住宅に目を奪われ、それらが旅行者のエキゾチズムを満足させてくれる。しかし、ペナン島の日常は勿論、伝統だけではない。
多くの庶民は多分、さほどは広くはなく古くなったアパートや戸建て住宅に住んでいる、と想像する。
マレーシア経済は5%前後の成長率で堅調に推移し、近年は特に、国内消費に支えられきている、という。こうした長期にわたる経済成長は、国民の間に中間層や富裕層を増加させ貧富の差を拡大した、と想像します。勿論、ここペナン島も例外ではない。郊外の新興住宅地を見れば、このことが一目にして理解できる。手前の低層住宅は二戸連棟式か連棟式の戸建て住宅で、その奥は、高層コンドミニアムだ。拡大する中間層は、こうした新興住宅地に吸い寄せられているのだろうか。
そして彼らは、新しく郊外にできたショッピング・モールに買い物に出かける。
ペナンのショッピング・モールは、日本のデパートとショッピング・モールを合わせたような業態だ。世界的な有名・無名ブランドが、ゆったりと立ち並らんでいる。
現代を表徴するショッピング・モール。伝統を繋ぎつづける女性たち。
ペナン島社会は、民族・言語・宗教など文化の多様性とともに、伝統と現代、貧困と富裕が渾然となって、旅行者の前に姿を表わしました。
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