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2018年9月 2日 (日)

「あなたの雄姿を忘れない!」翁長雄志・沖縄県知事を追悼する

6_2  8月8日に急逝された沖縄県知事の翁長雄志 (68)さんの横顔を描いた絵が、追悼文とともに、ネット上で拡散されています。この絵は描いた沖縄県出身のアーティストTOYOさん(50)は、翁長知事の「目を閉じて顔を上げる穏やかな横顔に追悼と未来への希望を込めた」と言いました。

翁長さんは4年前、米軍普天間基地の県外移設を求める保守・革新を越えた「オール沖縄」の支援を受けて知事選に出馬し、現職知事に約10万票の大差つけて圧勝しました。知事就任後は一貫して、普天間基地の県内移設反対・辺野古新基地建設阻止を掲げ、新基地建設を強行する安倍政権と厳しく対峙してきました。

安保条約を容認し、かつて沖縄県の自民党幹事長だった翁長さんが、何故、新基地建設に反対してきたのでしょうか?

日本の0.6%の面積しかない沖縄に、米軍専用基地の70%があるという状態が続くのは、受忍の限度を超えている。建設の強行されている辺野古新基地は、普天間基地の移設にとどまらず、航空母艦の横付けやオスプレイ100機の駐機など巨大な基地になる。このような沖縄への過重負担の強制は、日本政府が沖縄県民を対等な仲間と見ていないのではないか。このような疑問から、翁長さんは、辺野古新基地建設反対の立場を堅持しつづけました。

保守政治家である翁長さんが、安倍政権を厳しく批判しつづけた理由は、政府による辺野古新基地建設工事の強行だけではありません。翁長さんが我慢できなかったのは、安倍政権とそれを支持する本土国民の沖縄に対する無関心と差別意識でした。このことに、翁長さんが那覇市長時代に、次々と直面させられました。

第一次安倍内閣は、2007年の教科書検定に際し、沖縄戦さなか日本軍に強制された住民の「集団自決」(強制集団死)の記述を削除しました。翁長さんは、「ヤマトはこんなことをするのか。歴史をゆがめるようなことをするのか」と強く怒りました。

さらに翁長市長は、2013127日、沖縄県内全41市町村長などとともに、オール沖縄の代表団のひとりとしてオスプレイ配備反対・普天間基地県内移設反対の「建白書」をもって上京し、銀座でデモをしました。その際、日の丸を掲げた集団から、「売国奴」「日本から出て行け」「中国のスパイ」というヘイトスピーチを直接浴びせられ、また、それを通行人が傍観して通りすぎる姿を目の当たりにし、ショックと屈辱感をあじわいました。

また政府は、2013428日を「主権回復の日」として、祝賀行事開催を強行しました。沖縄にとっての428日は、サンフランシスコ講和条約締結によって日本から切り離されアメリカ軍政下に入った「屈辱の日」です。翁長さんは、「沖縄にとっては悲しい、やるせない式典」だったと批判、安倍政権に対する不信感をさらに強めました。

「新基地を造らせない!」という志(こころざし)半ばでの翁長知事の急逝でした。遺影をみると、翁長さんの無念の気持ちが伝わってきます。心からお悔やみ申し上げます。

翁長さんの遺志は今、オール沖縄の民意をバックに、その後継者たちによって確実に引き継がれようとしています。

829日、衆院議員の玉城デニーさんが、沖縄知事選への出馬表明をしました。玉城さんは、米国人の父と日本人の母を持つ戦後沖縄の象徴的な存在だと翁長さんが言っていたと紹介し、「未来の沖縄は、平和を希求する島であり、誇りある豊かな、イデオロギーよりアイデンティティーだとしっかり主張できるような、そういう沖縄にしていきたい」と決意を述べました。

831日、沖縄県は、仲井眞前知事による名護市辺野古の米軍基地建設に伴う埋め立て承認の撤回を決定しました。これに伴い、政府は工事の法的根拠を失うこととなり、工事は中断されます。このため撤回の効力を失わせる執行停止の申し立てや取り消しを求める訴訟を起こすとみられます。

いま私たちは、沖縄と日本の未来がかかる沖縄県知事選挙に、なんとしても勝たなければなりません。翁長知事の遺志に応え、玉城デニー必勝に向けて、大きな支援の声をあげましょう。県知事選の勝利は、辺野古新基地建設を中止に追い込むだけでなく、この秋の臨時国会にも改憲案提出を狙う安倍政権への痛撃となり、安倍9条改憲を阻止するうえでも大きな意義を持つと思います。

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