日本の空はアメリカの空
爆弾のようにタンクを捨てるとは日本の空はアメリカの空 (長野市) 関 龍夫 (1/9の朝日歌壇)
日米安保70年の昨年、『世界』は二つの興味深い論文を掲載した。
一つは、古関彰一稿『戦後日本の主権と領土』(9月号)。古関は、2016年の陸上自衛隊『日米共同部』設立によって、米軍と自衛隊が一線を越えて一体化し、自衛隊が米軍の指揮下に入る可能性を指摘した。何故なら、自衛隊設置の日米交渉時の「密約」が、現在も生き続けていると考えるからだ。日本政府は当初、日本の軍事力が米国の指揮下にはいることを拒絶したのだが、その後、吉田首相は米国から執拗に迫られ、自衛隊が米軍指揮下に入ることを密約させられたのだ(米軍公文書)。このことは、日本の主権喪失と対米従属を意味する。「日本政府はあの屈辱的な日米地位協定を60年間改正する気配すらなく、米国政府は日本政府には独立意識がきわめて希薄であることを十分知り尽くしている」と、日米同盟の内実を厳しく突いた。
もう一つの論文は、豊下楢彦稿『日米安保70年の本質-外務省は何を隠蔽したのか』(10月号)。豊下は、公開された公文書『平和条約締結調書』に基づき、安保条約交渉時の米軍基地提供問題に関する吉田首相と昭和天皇の対立を取り上げた。米側の主張の核心は「全土基地化・自由使用(望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利の獲得)」であったが、吉田は米側要求が「主権侵害」にあたるとして消極的であった。しかし天皇は、「無条件での基地提供」が天皇制防御の生命線だとして、米国の要求に全面的に同意したのである。筆者は、昭和天皇にとって戦後の「国体」は安保体制そのものであった、と指摘する。その後の米軍基地問題のすべてが、ここを出発点とするといえる。天皇の対米交渉への露骨な介入は、明らかに憲法違反であった。
日本は「主権」を自ら放棄し、米国に従属する「属国」となったのである。こうした歴史を振り返るならば、「日本の空はアメリカの空」だと歌人が嘆息するのも、頷ける。米軍人たちの検疫逃れもまた、これに起因する。
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