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2022年2月27日 (日)

歴史の忘却に抗う人びと―ドイツ・つまずきの石のこと―

 ベルリン在住のフリーライター・中村真人氏は、1947年生まれのドイツ人彫刻家グンタ―・デムニッヒ氏の『つまずきの石』プロジェクトについての取材記事を、『世界』2022/1,2月号に連載している。つまずきの石Stolpersteinは、コンクリート製の立方体に10㎝四方の真鍮のプレートを貼り付け、そこにナチス・ドイツの犠牲者の名前、生年、強制輸送、そして殺害された日付や場所が刻まれている。中村氏によれば、このプロジェクトがベルリンで本格的に開始されたのは2000年で、現在市内に9211個(2021/11)設置されている。また、プロジェクトはドイツにとどまらず、ヨーロッパ27か国約8万個(2021/9)にまで拡大している。公的援助はなく、1個120ユーロ払えばだれでも石の「保護者」になれる。
 
 まず、つまずきの石の実物を、私が2019年7月にドイツ旅行した時に撮ったベルリン市街地の1個、ハーメルン旧市街地の18個、計19個の写真を掲示する。
私のこの石との出会いは、ベルリンやハーメルンの街なかを散策していた時、偶然見つけたものだ。

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   つまずきの石プロジェクトの運動の経緯やこの石にまつわるいくつかのエピソードについては是非、『世界』の記事を読んでいただきたい。ここでは、中村氏が作者デムニッヒ氏やその協力者たちへの取材で得た、つまずきの石の持っている意味について、書き記しておきたい。(「 」は、中村氏の記事からの引用)
 1.つまずきの石は、市民の日常生活の中にある 
 つまずきの石の設置場所は、その石に刻銘された人が強制連行時に住んでいた住宅の前の道路上である。現在の住民の了解を得て設置する。私が見たベルリンとハーメルンの石は、いずれも市街地の商店の前に設置されていた。つまり「人々は日常の中で歴史とともに暮らしている」のである。「犠牲者は普通の市民だった。だから、記念碑は彼らが運ばれていく前、一般市民として生活していた場所に作らなくてはならない」とデムニッヒ氏は語る。また協力者一人は、「つまずきの石は、目立たず、日常に溶け込んでいながら、そこの住民や通りかかる人に、かつてそこに住み犠牲となった人びとのことを思い出させ、考えるきっかけをあたえる」と指摘している。
 2.つまずきの石プロジェクトは大きな社会運動となった                          
 つまずきの石は、分散型であり日常的であることから、一般市民との距離は短く、多くの市民が参加する大きな社会運動となってきた。職業学校の授業の一環として取り組んだ事例も照会されている。運動の輪は、大都市から中小都市へ、ドイツ国内からヨーロッパ各国へと拡大した。
 3.つまずきの石の対象はナチス・ドイツの全犠牲者が対象
 すべての犠牲者とは、ユダヤ人、シンティ・ロマの人びと、同性愛者、障害者、政治的・宗教的被迫害者、強制労働者、脱走兵を含んでいる。このことは、戦争犠牲者の追悼施設ノイエ・ヴァッヘに掲げられていた「追悼の詩」のなかにあった犠牲者の範疇と同一である。犠牲となったすべてのマイノリティが対象なのだ。
 4.つまずきの石は、ひとつの家族と個人の物語と運命を表現
 ドイツで見たホロコースト記念碑や博物館で表現された追悼対象は、あくまでも具体的な名前を持った個人あるいは個々の家族である。だからそれを見る人は、「600万人という抽象的な数字としてではなく、具体的な名前を持つ「隣人」としてみるようになったのである」。

 以上のような特徴と意味をもった「つまずきの石」は、ドイツ社会の加害の歴史を記憶しつづけようとする並々ならぬ決意の表れであり、それを担保する仕掛けをたえず創作していこうとする意欲的で大変貴重なプロジェクトだ。

  

 

 

 

 

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