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2022年3月18日 (金)

冨岡『世界』を読む会・3月例会より

 富岡『世界』を読む会・3月例会は、3月16日、5人の参加で開催された。
 今回のテーマは、『世界』3月号から青木理『町工場VS公安警察』と渡辺豪『沖縄・半世紀の群像 第1回-川平朝清』の二つの論考。前者は、公安警察による町工場冤罪事件を克明に描き、今週の国会で審議が始まったばかりの「経済安保法案」の裏側で進行していることを描き出した労作だ。また後者は、戦後沖縄の体制内にいた人物の目を通してみた本土「日本人の沖縄観」を浮き彫りにしたもの。どちらも平易な文章で具体的な事象が説得的に描かれ、参加者一同に好印象をもたれた。

1.青木理・稿『町工場VS公安警察-ルポ 大川原化工機事件』について
 これは、「特集 経済安保の裏側」の最初の論文。「経済安全保障法案」は、次の4本柱からなる。①核関連など軍事転用の恐れのある先端技術の特許非公開、②半導体等戦略物資の供給網強化、➂AI等先端技術の官民共同開発、⓸サイバー攻撃に備えた基幹インフラの事前審査。
岸田首相は、米中対立やロシアのウクライナ侵攻を背景に、「経済安保も国民の命と暮らしを守るための待ったなしの課題だ」と強調している。(「朝日」3/18記事等より)
 一見「経済安保」は、核だ先端技術だAIだと、一般の市民の日常生活とは縁のない法案のように見える。しかし、「大川原化工機事件」は、市民生活のすぐ隣りに「経済安保」の恐ろしい罠が仕掛けられていることを、教えてくれる。
 事件の概要はつぎのとおり。
 大川原化工機は、液体を噴霧して粉末を得る噴霧乾燥機のトップメーカーで、国内シェアー70%、年間売上高30億円、従業員90人の小企業で、優れた技術力で日本の産業を底支えしてきた小さな町工場のひとつである。ここを襲ったのは、警視庁公安部。「生物兵器製造に転用可能な化学機械を中国に無許可で不正輸出した、外為法違反容疑」で社長ら3人を逮捕したのだ。会社の経営理念に「平和」を掲げ、経産省にも全面協力してきた大川原化工機にとって「不正輸出」容疑は、全くの寝耳の水のこと。当然、容疑を否認した。しかし3人は330日以上の長期拘留、長時間聴取、接見禁止、保釈不許可、そしてついには、その一人が病死に至った。また会社は、銀行からの融資ストップや取引制約などが大混乱に陥り、年間売上は大幅減となった。
 参加者は一同に、「ひどい、驚いた、怖い」と語り、日本の司法の現実に驚愕し恐怖した。また、『世界』2月号で学んだ「ガラパゴス化(独自進化)した日本司法」の実態が「ここにこそある」と再確認した。2月号では、米国やEUの法曹教育の中で、人権条項が重視されていることが指摘されていた。代用監獄や人質司法の非人権的司法制度と慣行は、打破されなければならない、とみんなで頷きあった。
 「人質司法」問題は、「経済安保」以前の話である。では、この「経済安保の裏側」としての大川原化工機事件は、どのようなものだったのか。
 ①軍事転用の恐れのある先端技術の監視強化の声を背景に、公安調査庁は外為法違反の取り締まりの強化を、警視庁公安部は「経済安保戦略会議」を設置して取り締まりを強化している。(同特集 井原聡『動員される科学・技術と研究者』) 
 ②経済安保セミナーで乾燥噴霧器の輸出管理に強い問題意識を持った公安部捜査員が、強引で偏見に満ちた見込み捜査に突入した。(青木論文)
 ➂当初「不正輸出でない」とした経産省は、公安部に押し切られ捜査を追認した可能性がある。
 ⓸公安部の無謀捜査にかかわらずチェックすべき検察が追随した。当初の担当検事は公安部を無視していたが、"問題検事"として知られたT検事によって起訴された。
 ⑤しかし結局、検察は起訴を断念、初公判直前に起訴取り消しとした。
 ⑥起訴を取り下げたが、公安部の責任は問われず、結果的に「公安部外事部門」の存在アピールが出来た。同時に中国などへの戦略物資輸出に警鐘が鳴らされた、と総括された。
 読書会では、このような事件の経過や背景を確認する中で、この国のあり様にただただ恐れおののき、あきれ返り、悲しくなるばかりだった。そして公安警察部門出身者が政治権力中枢部に入り込み、この国を牛耳っているとの指摘は、背筋の寒くなる思いだった。

2.渡辺豪・稿『沖縄・半世紀の群像 第1回 川平朝清』について
 川平朝清は、戦後沖縄の体制内にあった人である。その川平が認識していた「日本人の沖縄観」が、川平の証言から明らかにされる。読書会では、その証言のひとつひとつを確認していった。
(1)川平の恩師で沖縄史研究家G・H・カーの言葉から
 ①日本人の間に広く存する優越感、沖縄人を総じて『外者』であり、田舎のいとこ、二級少数民とみなす優越感の克服、払拭には何らの手も尽くされていなかっ。
 ②日本の政府はあらゆる方法をもって琉球を利用するが、琉球の人々のために犠牲をはらうことを好まないのである。
(2)キャラウェイ高等弁務官の認識と警告
 ①「沖縄住民による自治は神話に過ぎない」という発言していたキャラウェイは、沖縄は日本に復帰しても「沖縄県」のもつ自治権が重んじられることはない、と警告していた。
 ②キャラウェイが琉球政府への苦言を日本政府閣僚のこぼしたところ、その閣僚は「そういうときは、がつんとやればいいんですよ」と言った。その言葉にキャラウェイは激高した。「同胞に対してそういう言い方はないだろう」。
 ➂川平のキャラウェイ発言の認識。「日本を警戒しろ、急いで日本につくとどういうことになるかをよく知っておけ、ということだった。言われなくても、私も肌身に感じていた」。
(3)1952年4月23日(サ講和条約発効後5日目)の朝日新聞・天声人語に激怒した話。
 「占領は終わった」「独立への新して幕が開いた」と明るい展望が綴られた中に、その文章があった。「何といっても幸いだったことは『二つの日本』に分割占領されなかったことだ。二つのドイツ、二つの朝鮮における民族の悲劇と思いくらべるならば『一つの日本』であり得たことは何物にも換え難い仕合せであった」。その60年後、安倍晋三が主権回復の日として寿いだその日は、沖縄では「屈辱の日」として記憶され続けている。

 本土の日本人に突き付けられた「沖縄認識」の言葉の数々の前には、言葉を発することができない。ここ10年の経験からいっても、川平の証言はまったく色褪せていないと思わざるを得ない。沖縄の人々との真の連帯は結局、米国従属、沖縄軽視の政府を転換するしかない、との思いを参加者で共有しあった。

 

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