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2022年6月18日 (土)

冨岡『世界』を読む会・6月例会の報告

 富岡『世界』を読む会・6月例会は、6月15日6人の参加で開かれました。
 テーマとしては、日本のデジタル改革に関する二つの論文(若江雅子『デジタル日本 その政策形成における課題』、内田聖子『デジタルデモクラシー 第6回 監視広告を駆逐せよ』)と特集2「批判的野党がなぜ必要か」から杉田敦×齋藤純一対談『リベラル政党の「可能性」と「不可能性」』を取り上げました。

1.デジタル改革について
 参加者の過半が、「クッキーという識別子」「広告ID」「トラッキング」「アジャイル・カバナンス・モデル」等々の聞き慣れない、あるいは初聞きのデジタル用語や外来語に辟易し、それでも辛抱強く読んで例会に参加、著者の問題
提起に何とか挑戦した
 政府のデジタル改革の狙いが、国民の利便性拡大と行政の効率化、IT人材の育成とイノベーションの促進等であることを確認の上、そこに潜む問題点を二つの論文を通して話し合った。若江雅子論文は、自民党内での電気通信事業法改正論議を追跡する中で、当初方針であった個人情報保護の観点から「利用者のウェブ閲覧履歴や購買履歴などの外部提供の規制」が、経済界やビッグテックの活発なロビー活動を受けて骨抜きになり、その結果、日本の利用者は諸外国国民の享受しているデータ保護レベルを享受できなくなった、と指摘している。さらに、そのことが結果的に、日本の産業界のイノベーションを阻害するだろうと懸念した。
 参加者からは、日本政府のデジタル改革、とりわけプライバシーや人権保護の観点が、米欧先進諸国や東アジアのデジタル先進国と比較し、周回遅れであることにため息まじりの怒りが表明された。火力発電の廃止やEV車の開発など、脱炭素社会に向けた政府の政策や経済界の動向と同様に、日本社会はひたすら「ガラパゴス的進化」に邁進するのか、とのため息。他の参加者からは、個人情報に対する国民の意識の遅れや人権意識の低さを指摘する声も上がった。
 また、巨大プラットフォーム事業者と個人との圧倒的な力の差からみて、個人情報と人権の保護のためには、法的規制はどうしても必要である、と了解しあった。ここでいう巨大プラットフォーム事業者に向かい合う「個人」とは、インターネット利用者だけではなく、その傘下で働く下請け企業や労働者が含まれる。アマゾンの倉庫内労働者や運送労働者が組合を結成し始めたというニュースが紹介され、今後の取り組みが期待される。

2.対談・杉田敦×齋藤純一『リベラル政党の「可能性」と「不可能性」』
 今日の日本の政治は、参院選を前に、高支持率にほくそ笑む岸田内閣と、分断と対立のなかしょぼくれる野党といった風景だ。だからこの対談は、「ガンバレ野党!」の気持ちを込めて企画されたものと期待したが、当てが外れた。野党間の混迷と同様、私たちの論議もいまひとつパットしなかった。
 「対談」という形式のためか、話題は広範囲に及び、一つひとつのテーマは興味深いものもあるが論議が中途半端で、指摘された事項(例えば、革新は「平等」と「多様性」を自覚的に追求せず「平和
」の問題が議論の焦点だった)についての真摯な討論になったとは思えない。対談の両氏には、提起された各論の詳論を期待したい、との声が上がった。

 

  

 

 

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