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2022年11月20日 (日)

富岡『世界』を読む会・11月例会の報告

 富岡『世界』を読む会は、11月16日高崎市吉井町の西部コミュニティセンターで、5人の参加で開催されました。
 テーマは、『世界』11月号の特集「戦後民主主義に賭ける」から、高橋哲哉『終わりなき歴史責任(下)』と辛淑玉『千三つのギャンブル』の二つの論文を取り上げました。(高橋論文は『世界』9月号の同名論文(上)含む)

Ⅰ.高橋哲哉稿『終わりなき歴史責任 (上)・(下)』
 同論文(上)は、冷戦終結と再統一後の過去
30年の、ドイツの歴代大統領と首相によるドイツの歴史責任に関する発言を追跡したものだ。「自虐史観」からの訣別を唱える櫻井よしこや高市早苗等の「歴史修正主義」言説への、痛烈な批判となっている。大統領発言の主な部分は次の通り。例会では、高橋論文の(上)戦後責任を中心に話し合った。
 ①ヘルツォーク 大統領在任期間1994-1999 政党CDU ワルシャワ蜂起50周年記念式典  94/8/1  ワルシャワにて
  「今日、私は、ワルシャワ蜂起の闘士たちとポーランドの戦争犠牲者すべての前で頭を垂れます。私はドイツ人によって彼らになされたことについて、赦しを乞います。」
 ②ラウ 1999-2004 SPD 強制労働被害者補償に関する声明  1999/12   ベルリンにて
 「私は今日、ドイツの支配下で奴隷労働と強制労働に従事せざるをえなかったすべての人びとに思いをいたし、ドイツ国民の名において赦しを乞います。彼らの苦しみを私たちは忘れません。」
 ➂ケーラー 2004-2010 CDU 戦後60年記念行事  2005/5/8   独連邦議会にて
 「私たちはこれらすべての苦痛とその原因を心に刻み、目覚めさせておく責任を負っています。私たちは、こうしたことが二度と繰り返されないようにしなければならないのです。この責任に終わりはありません。」
 ④シュタインマイヤ— 2017- SPD 第2次世界大戦開戦80年記念式典  2019/9/1  ポーランド・ヴィエルニ村にて 
 「ドイツの暴力支配によるポーランド人犠牲者の前で頭を垂れます。そして、赦しを乞います。」
 ⑤シュタインマイヤー 2017- SPD
 戦後75年記念行事  2020/5/8  ベルリン・ノイエヴァッヘにて
 「
これを耐えがたいと思う者、終止符を求める者は、戦争とナチス独裁の災禍を記憶から排除しょうとするのみならず、私たちが成し遂げてきたあらゆる善きものの価値を失わせ、わが国における民主主義の中核的本質すら否定してしまうのです。・・・「人間の尊厳は不可侵である」。わが国憲法の第一条に掲げられたこの一文には、アウシュヴィッツで起きたこと、戦争と独裁体制下で起きたことが、すべての人の目に見える形で刻み込まれています。そうです、過去を想起する営みは重荷ではありません。想起しないことこそ重荷になるのです。責任を認めることは恥ではありません。責任の否定こそ、恥ずべきことなのです。」
 
 例会では、これら歴代ドイツ大統領の戦後責任発言を受けて、歴史認識と戦後責任についての日独間の相違と落差の大きさについて、感想を述べ合った。参加者各人の発言内容を合わせ、アレンジして報告する。
 ナチスドイツによるホロコーストについては、例えば仏映画ショア(1985年、ユダヤ人生還者や元ナチス等のインタビューからなる9時間超えのドキュメンタリー)が世界中に衝撃を与え、さらに多くの映画や小説、ドキュメンタリー作品が切れ目なく世界に提供され続けており、ホロコーストは最大級の世界的関心事だ。これに比べ
日本軍国主義によるアジアでの蛮行は、ホロコーストと較べ散発的かつ非組織的であり、被害を受けたアジアの国々を除けば、世界の関心事となり難かった。日独両国の戦時の加害者性を見つめる世界の眼に、相違があったといえるのではないか。
 戦後、憲法によって実現した日独の戦後体制の相違も指摘すべきだ。憲法第一条、独「人間の尊厳は不可侵」、日「象徴天皇性」。ドイツがナチ体制の徹底的破壊の上にリベラル・デモクラシーを追求してきたのに対し、日本は、天皇制を保持したまま「あいまい」なままずるずると戦前の残滓を捨てきれず、中途半端に民主主義を追求し続けてきた。この「あいまいさ」が、政治指導者の歴史認識と戦後責任からの遁走を許してきた。「敗戦後、天皇は退位すると思っていたのに、いけしゃあーしゃあーと残った」という瀬戸内寂聴さんの感慨が紹介された。
 日独両社会におけるの歴史認識の落差は、やはり学校教育に求めざるを得ない。日本史教科書の戦争記述に対し、文部省は「戦争を暗く表現しすぎ」だとして検定不合格としたが、それを違憲として訴えた家永教科書裁判が、「歴史認識・戦争責任」論争の原点だ。こうした歴史教育を受けた若者たちは、剣呑・狡猾な右翼政治家たちの歴史修正主義的主張に容易に靡き、彼らの跳梁跋扈を許している。日独両社会の歴史認識の落差の最大のポイントは、この辺りにありそうだ。

Ⅱ.辛淑玉稿『千三つのギャンブル—民主主義を獲得するために』
 在日三世として日本社会に生きてきた筆者は、被差別者ゆえに研ぎ澄まされた人権感覚をもって、日本社会に潜む差別意識と構造を鋭く可視化している。筆者は、「自分のことは自分で決める」「自分たちのことは自分たちで決める」ことこそが、民主主義だと説く。辛淑玉さんの簡明な言説は、書斎の理論家ではなく街なかの運動家に由来する言葉なのだと思う。
 北朝鮮への帰還事業の背景に、「社会主義の楽園への帰還」というプロパガンダがあったと記されているが、1960年のころ
北朝鮮へ「帰った」同級生の女子がいたという出席者は、中学1年生を取り巻く大人たちの言説から、「ドイツは西、朝鮮は北」が豊かで幸福だという認識があったと発言した。
 多くの自民党議員が選挙運動に統一教会の信者に依存していたことを、筆者は「自発性のもっとも欠如した人々に頼る以外にないという政権党の現実。これこそ、やせ細った日本の戦後民主主義の行きついた姿だ」と断じている。こんな「戦後民主主義に賭ける」岩波編集部に対し、筆者の辛淑玉さんのカチンときた姿を見る様だ、との感想が出された。ただ、辛淑玉さんの日本の戦後民主主義に対する厳しい見方は、運動の中に分断を持ち込むのではないか懸念する、との指摘もあった。

Ⅲ.富岡『世界を読む会』12月例会の案内
1.開催日・場所:2022年12月21日(水) 吉井町西部コミュニティセンター
2.内 容:『世界』12月号から
  (1)特集1.カルト・宗教・政治 斉藤正美稿『自民党と宗教右派の結託が阻んできたもの』pp100-107 
  (2)特集2.分断された国際秩序 藤原帰一稿『壊れる世界 第4回―自由世界と国民国家』
                                            以上

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