2018年7月18日 (水)

浜田知明さんのご逝去

 版画家・彫刻家の浜田知明さんが、昨17日、老衰のためお亡くなりになりました。100歳。戦争のもたらした不条理をテーマにした版画家として、私の記憶に深く刻まれていました。
 私がはじめて浜田知明さんを知ったのは、2007年の夏でした。NHKの「新・日曜美術館」で紹介された『無限の人間愛・浜田知明展』を、桐生市の大川美術館で鑑賞し、その時、戦争の不条理さを刻した『初年兵哀歌』連作に、強い衝撃を受けました。たまたまその日、美術館滞在中に新潟・中越沖地震(7/16)の強い揺れを体験したことも重なり、忘れられない一日となりました。 

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2018年5月 4日 (金)

おろかものの碑

 昨日の午後、高崎市の群馬音楽センターで、憲法記念日集会があり参加しました。ジャーナリストの伊藤千尋さんは、記念講演『憲法を活かした社会を創ろう』の冒頭、群馬県中之条町・林昌寺の「おろかものの碑」を紹介しました。1961年に建立されたこの碑は、平凡な田舎の村で日本の侵略戦争に加担した公務員や団体幹部などが、「おろかものの実在を後世に伝え再びこの過ちを犯すことなきをねがい」自らの手で建てたものだという。保守的だと言われるこの群馬の地で、戦争における加害責任を見つめた先人たちがいたことに、驚きと同時に誇らしさを覚えました。近いうちに林昌寺を訪ね、「おろかものの碑」を見たいと思う。

2011年7月12日 (火)

第五福竜丸展示館を訪ねる

1_p1140944_1  先週の火曜日、東京・夢の島にある都立・第五福竜丸展示館を訪ねました。道路と鉄道と倉庫からなる人工の空間に、広大な公園緑地があり、そのなかの木立に囲まれて、展示館がありました。隣りのヨットハーバーから、ここが「島」であることを納得します。
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2011年3月 8日 (火)

シンポジウム「多胡碑は何を伝えようとしたのか」

 711年(和銅四年)3月9日、現在の高崎市吉井町に、片岡郡・緑野郡・甘良郡3郡に属した300戸からなる新たな郡、多胡郡ができました。この建郡のいきさつを刻した石碑が、多胡碑です。それから丁度、1300年。一昨日、高崎市の群馬音楽センターで、多胡郡建郡1300年記念事業のひとつ、シンポジウム「多胡碑は何を伝えようとしたのか」があり、聴講しました。

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2011年2月15日 (火)

シンポジウム『新田郡衙と東山道駅路』聴講

10bun_sympo_2 2,3日前の新聞記事で知り、『新田郡衙と東山道駅路』をテーマとしたシンポジウムを聴講しました。太田市(群馬)教育委員会主催で、会場は市文化ホール。案内には、「申し込み不要・先着500名」と記されていましたが、遺跡発掘の報告会なので、そんなに参加者は多くない、と思って出かけました。豈(あに)図らんや、会場ホールには、県内外から研究者や古代史ファンが集まり、座席の八割方が埋まって熱気すら感じました。

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2010年3月25日 (木)

NHK特集 「『留用』された日本人-日中知られざる戦後史」

Photo 先週の金曜日、NHK・BS番組 「『留用』された日本人-日中知られざる戦後史」を観ました。2002年に、日中国交正常化30周年を記念して制作された、戦後中国へ留用された日本人たちの証言を記録した番組の再放送です。ここには、日中間の正(プラス)の歴史が、記録されています。日中間の交流と友好な関係が、幅広くしかも奥行きの深いものとなっていくためには、こうした歴史研究やTV番組の制作・放映は、負の歴史を記録し記憶しつづけることと同様に、大切なことだと思います。

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2009年11月 7日 (土)

中国の写真家 沙飛

Img_1  今週初め前橋で、中国八路軍の従軍カメラマンだつた沙飛(さひ)の写真展を観ました。数日前の朝日新聞に紹介記事が掲載され、沙飛(1912‐49)が中国の報道写真家の草分けであり、魯迅やベチューンのデスマスクを撮ったことを知り、是非見たいと思っていたものです。

(写真は、写真展パンフレット表紙。万里の長城での戦闘1938年)。
 

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2009年8月16日 (日)

お茶と道教

_1_2  先週の日曜日、信州蓼科に古い友人3人が集まり、40年ぶりの勉強会を開きました。幹事から与えられた課題は、90分間自由に語ること、でした。東南アジア農業を研究してきた学究の友は、スライド写真を使いながら、メコン川文明を滔々と語りました。小学校校長を務めあげたもう一人の友人は、言語学の成果を踏まえて、日本語の不思議に迫り、初老の頭脳をいささか刺激してくれました。そして私は、6種類の中国茶を飲みつつ、お茶の話をしました。
 大雨の降り続く蓼科の深い森のなかで、しばし日常と世間から離れ、老いの入口に立った男三人が、アンチ・エイジングの抵抗をはじめたのです。

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2008年11月15日 (土)

在日コリアンの証言に耳を傾けよう

  丸の内OAZOの丸善で、新書としては不似合いに分厚い本が、文庫・新書コーナーに平積みにされていました。小熊英二・姜尚中編『在日一世の記憶』(集英社新書 08.10.22刊)。在日コリアン一世52人のライフ・ヒストリーを聞き取り、記録したもの。日本の植民地となった朝鮮半島に生まれ、生活苦や強制連行・徴用などによって来日し、戦後(解放後)も日本に留まらざるを得なかった人々とその家族たちの、貴重な証言集です。在日として生きつづける人たちとともに、私も日本人の1人として、これらの証言を記憶しつづけていきたい。日本社会での多様な人々の豊かな生き方を発展させ、それが東北アジアの平和と繁栄につながっていくことを希求しながら。

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2008年6月 8日 (日)

花岡事件

P1020538  先週の日曜日、勤め先同僚の母親の葬儀に参列するため、秋田・能代市に行きました。そして、能代から盛岡へ車で帰る途中、大館市の花岡鉱山跡地を訪ねました。
 花岡鉱山は、1994年に廃坑となっていますが、それまでの約100年の間、良質な銅・鉛・亜鉛のほか金・銀の貴金属をも採掘してきた、日本でも屈指の鉱山でした。アジア・太平洋戦争末期、強制連行されてきた中国人418名が虐殺された、花岡事件の起きた現場です。写真は、十瀬野公園墓地に建てられた「中国殉難烈士慰霊之碑」です。毎年6月30日に、この碑の前で、慰霊祭が行われています。

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