沖縄からの警告
「復帰すると、沖縄にも雪が降る」と子供たちは信じていた。「大人たちがあんなに騒いでいるのだから、何らかの目に見える変化があってしかるべきだ」と子供たちは期待した。これは、「復帰」のとき小学校4年生だったという新城和博さんの回想です(同氏稿『郊外化と植民地化の狭間で』「世界」6月号から)。
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「復帰すると、沖縄にも雪が降る」と子供たちは信じていた。「大人たちがあんなに騒いでいるのだから、何らかの目に見える変化があってしかるべきだ」と子供たちは期待した。これは、「復帰」のとき小学校4年生だったという新城和博さんの回想です(同氏稿『郊外化と植民地化の狭間で』「世界」6月号から)。
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5・15は、沖縄がアメリカ軍の占領から解放され、「祖国復帰」した日から40年目の節目の日となります。1972年5月15日、「核抜き・本土並み」を基本方針に、沖縄が日本に返還されました。しかし、核兵器は秘密裏に持ち込まれ、アメリカ軍専用施設面積のほとんどが沖縄に集中するという状況は変わらず、「核抜き・本土並み」という基本方針は、全くの欺瞞であったことが明らかとなりました。
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年末のテレビ番組は、今年1年を振り返る特別番組が、目白押しにつづきます。中心はいうまでもなく、3・11東日本大震災と福島原発事故のニュース。大津波の犠牲となった被災者と被災地の映像は、いつ見ても涙誘われ、みにくく崩壊した原発の姿は、恐怖と憤怒の感情をこみ上げさせます。そうしたなかで、なでしこジャパン優勝のビデオ映像は、あの日、ドイツからのライブ中継をみながら歓喜と感動に酔ったことを、思い出させてくれました。
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東日本大震災の被災地・岩手県からのメッセージに、耳を傾けたい。3.11以降一貫して、〈東日本大震災・原発災害〉を特集している月間誌『世界』(岩波書店)の今月号(9月号)に、岩手県の達増拓也知事のインタビュー『答えは現場にある-岩手のめざす人間と故郷の復興』が、掲載されました。岩手県の復旧・復興の基本理念と政策方向を、知事みずから語ったものです。
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このブログへのコメントで教えられた元原発技術者・故平井憲夫氏の講演『原発がどんなものか知って欲しい』(1996/10/21)の中で平井氏は、みずからの20年間にわたる原発での現場監督としての経験から、原発内部で起こっている極めて深刻な事態について、報告しています。なかでも、日本の原発が、いい加減な耐震設計にもとづき、未熟練の建設労働者や下請労働者によって建造・運営され、さらに素人の検査官(例えば元米穀検査官)によって定期点検がなされているという事実に、愕然とさせられました。原発は最先端技術の集積、だと勝手に思い込んでいたのです。そして既に15年前に、福島原発事故の発生を警告していたことを知り、みずからの無知を恥じます。さらに平井氏が講演の終わりのほうで語った、原発が差別を生み出している、という具体例は、原発の非人間性の一面を鋭く、照らし出しています。
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長崎で被爆した作家・林京子さんは、震災後の福島の原発事故をみたときの感想を、「全身が震える程の絶望と憤怒、落胆です。ああ、この国は確かに被爆国であった。なのに何も学習してこなかった」と、日経新聞(6/23)に寄せています。また、「8月9日をフクシマとつないで考えることは、人間の命をどう考えるかという問題だと思う」とも述べています。
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